私の職場は異世界です その3

「ほんと、すいません」
「大丈夫大丈夫、悪いのはあなたじゃないから」
「いや、でも…」
 目の前には茶色いものがプカプカと浮いた浴槽。洗身中は全然そんな様子無かったのに…
「風呂入ったら緩んだんだって。ほんと、シマダさんが悪いから。脱糞罪ですよ。」
 先輩はそう笑いながら、シマダさんの体をシャワーで流していた。
 浴槽の栓を抜いて浴槽を洗わなければ。失敗したなー、と気が重く作業をしていると脱衣室から「ちょっと!なにやってるんすか!」と言う声。
 脱衣室を覗くと、シマダさんが今度はシャンプーのボトルを口に入れようとしていたらしい。
「今日は、そういう日なんですか?あんまり色々事件起こすと逮捕しますよ。」
 先輩がシマダさんに笑っていった。シマダさんは良く解らない顔をしていた。

「たいへんだったってね~、お風呂」
 ケアステーションで看護師さんが声をかけてくれる。
「新人の洗礼ですよ。やられちゃいました。」
 そう、私は異動してから初めての入浴を担当したのだ。入浴は慣れてると思ったのに、初日で緊急清掃とは…
「そして、脱衣室でまたやらかしたんでしょ?」
「そうなんですよ」
 凹んでいる私に看護師さんは優しく微笑んだ。
「ほんと、面白いよねー。普通に生活してたらあり得ないことが起きるんだもの」
「そう、ですね…」
「だから、老人介護は辞められないわ」
 看護師さんは笑っていた。
 確かにそうだ。こんなこと普通に生活してたらほぼ出会わない。
「…異世界…みたいですね」
「そうそう、ほんと別世界。だけど、それが見てて飽きないと思わない?」
 なんとなく、目から鱗だった。利用者さんの尊厳とかなんとかって学びはするんだけど、それを真正面から受け止めると誰だって疲れてしまう。
 ただ、見方を変えて見るとこんな面白い世界はない。

 ふと、初めて出産したときの叔母の言葉が頭を過った。

「こんな面白いおもちゃ、他探してもないから。子育て思いっきり楽しみな」

 おもちゃ…とまで行くわけではないが、本当に介護していると飽きないし、面白いのだ。
 何度も同じ話をしているのだってさながらRPGゲームのCPUのようだ。

 私はこの異世界を満喫しようと思った。

   ※    ※    ※
 家族の介護と他人の介護では捉え方は変わります。
 私の家には障がい者が居て家族の介護ってものも地味にあるのですが、これがまたストレスがたまるんです。
 なんでストレスがたまるんだろう?って考えたとき、元気である姿を知っていること、そして、こうあって欲しいと言う気持ちがどうしても出ちゃうことがあるんですよね。
 介護士だからって家族の介護は別。もし、時が来たら私も家族を施設にいれたいと思ってます。
 他人の介護はこんなに楽しいのに不思議なものです。
 でも、それはきっと他人だから楽しめるんだろうなって思います。

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