PCR検査の原理と精度の高さについて

日本では、PCR検査は精度が低く、高確率で偽陽性偽陰性が発生する、と盛んに喧伝されています。
しかし実際は、PCR検査は特異度が非常に高く、感度も高い検査です。
それはなぜか、原理から説明してみることにします。

PCR法とは、あるDNAに特異的に反応するプライマーという試薬を用いて、調べたいDNAを2倍に増やす操作を繰り返し、DNAを数百万倍や数億倍に増幅させて検出する技術です。プライマーが反応しなければ、DNA増幅はいつまで経っても起こらないので、陽性になることはありません。

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つまり、陽性は、プライマーが結合できるDNAが存在した証拠になるので、原理的な特異度は100%になります。しかし実際にはコンタミネーション(異物混入)等が起きる可能性はあるので100%にはなりません。ただそれを言うならどんな検査手法でもコンタミはあり得ますし、普通は原理的にも特異度は100%より劣ります。

たとえば抗体検査は、ウイルス自体を検出するのではなく、ウイルスに対する人体の免疫反応を検出するものであるので、必ず非特異反応があり、特異度100%にはなりません。陽性率が低い疾患においては非特異反応が大きな問題になります。

コメント 2020-06-01 131838

ただし抗体検査の有用性は否定されません。たとえばPCR検査に比べて専門的な設備・器具や人員を必要とせず、どこでも安価かつ迅速に検査判定ができる意義は大きいです。しかしPCRの特異度や偽陽性が問題であると言うなら、抗体検査は更に問題があることになります。

抗原検査は、SARS-CoV-2を構成する蛋白質に反応する抗体を作り、その中で特異性のある抗体を実験的に選択してウイルス検出に用います。SARS-CoV等の近縁のウイルスへの交差反応がないものを選ぶことになりますが、特有の遺伝子配列自体を標的にするPCRよりは特異度は劣ります。

ただし抗原検査の有用性は否定されません。抗原検査で特別な装置が無くても病院内で短時間に検査をすることができれば、感染力の高い人を簡便に見つけるために有用であると言えます。しかしPCRの特異度や偽陽性が問題であると言うなら抗原検査は更に問題があることになります。

コメント 2020-06-02 094911

以上の通り、SARS-CoV-2においてもPCR検査の特異度は原理的に100%で、抗体検査や抗原検査よりも原理的に高い特異度を誇ります。そして、論文でも通常は100%であったり99.9x%といった、高い特異度を持つものとして言及されます。

たとえば、プレプリントではありますが、中国広州の実績値で特異度99.96%と言及されています。

実績値についても見てみましょう。一般に防疫ができている国ほど陽性率が低くなり、それらの国々の陽性率の低さから特異度の高さを検討できます。なぜなら有病率が低い国で検査をすれば、特異度の低い検査では大量の偽陽性者が出るはずであり、陽性者が少なければ偽陽性率も低いと推定できるためです。

ニュージーランドでは5月に10万件以上検査して、陽性者0.025%未満でした。仮に全員が偽陽性であったとしても、特異度は99.97%以上となります。実際には全員が偽陽性であることはないと思われるので、特異度は更に高くなることになります。
https://twitter.com/kurimushi3/status/1265918407460835328

中国武漢では全員検査に踏み切り、たった10日で657万人に検査をして189人の無症状感染者を発見しています。陽性率は0.00287%で、仮に全員が偽陽性であったとしても99.997%以上の特異度があることになります。これも全員が偽陽性ではないはずで、特異度は更に高くなります。

コメント 2020-06-01 132036

以上より、理論においても実績値においてもPCR検査の特異度は一般にきわめて高く、偽陽性もごくわずかしか出ないことがわかると思います。偽陽性が完全にゼロではないとしても、大抵の国では真陽性の心配をした方が良いでしょう。特異度99%や、ましてや90%などというのは完全にデマといえます。

日本のPCR検査の特異度が、ニュージーランドや中国レベルであるかわからないという話はあるかもしれません。それはそれで問題ですし、仮に特異度が低いならば、改善する必要があります。世界では広く活用されている特異度の高い検査を、日本でだけは推進しなくて良い理由にはなりません。

次に、感度についても見ていくことにしましょう。
PCRの原理は、特定のDNAに反応するプライマーで、調べたいDNAだけを繰り返し複製し、数百万倍や数億倍に増幅させて検出する技術でした。原理的にも、ごくわずかなDNAを莫大に増やして検査する手法なので、基本的には感度も高い検査手法です。

しかし、検体採取や運搬や、PCRに掛ける前にウイルスのRNAを抽出してDNAに逆転写する過程でRNAが壊れる等の、さまざまな理由により、実際には感度が下がり、偽陰性が出ることがあるのも事実です。ではその感度はどの程度と報告されているのか見てみることにします。

まず、中国の報告で喀痰72%、鼻腔スワブで63%の感度と報告されています。そして、それらの検体はCOVID-19の患者から採取されたと言っています。一般に、COVID-19の確定診断はPCRでなされるので、どこかでPCR陽性になった人が分母となることに注意が必要です。

言い換えれば、COVID-19確定症例者が最低1回はPCR陽性となる確率は100%です。PCR検査がCOVID-19の確定診断に用いられるというのは、そういう意味だからです。偽陽性率がきわめて低い上に、ごくわずかなウイルスの遺伝子も検出できる手段がPCRなのですから、ある意味で当然の話です。

日本では、PCR検査は感度が低い、CTの方が感度が高い、といった言説も良く見られます。しかし論文をよく読むと、PCR以外の検査感度はたいていPCRの陽性者を分母にしています。言い換えれば、PCRの感度を100%としたときの相対的な感度になっているのです。

たとえばこちらではCT感度94%PCR感度89%と報告されていますが、RT-PCR as reference standard、つまりRT-PCRで1回は陽性となった人を分母にしています。ちなみに有病率が10%以下の国では陽性的中率はCTよりPCRの方が10倍以上高いだろうと言っており陰性的中率は99%以上です。

こちらは51名のCOVID-19患者の初回の検査感度はCT98%、PCR71%だと言っていますが、RT-PCR remains the standard of referenceとも言っています。つまりPCR陰性の3割もどこかでPCR陽性となっています。結論は、CTの使用、特に「PCR陰性者」への適用を支持すると言っています。

こちらの論文でも、based on positive RT-PCR resultsという文言があり、1014名中601名がPCR陽性でそのうち580人がCT陽性だったため、感度は97%だと言っています。ただし60%-93%は初期にPCR陰性でもCT陽性だったとも言っており、見逃しを減らすためにはCTも使えます。

結局、PCR検査の感度は、検査のタイミングの影響も受けますし一律に同じ値にはならないですが、70%程あると考えて良いと思います。日本で喧伝されていた30-50%や30-60%等の値はデマと見た方が良いでしょう。3月に
@iina_kobe さんが検証して下さっています。
https://twitter.com/iina_kobe/status/1237762908400033792

結論として、PCR検査の特異度は100%に近い高い値で、感度も定義上100%になります。
仮に5月のNZの陽性者が全例偽陽性であったとしても特異度99.97%、1回だけ検査したとしても感度70%はあると見てもよいでしょう。実際には全例偽陽性ではなく、複数回検査するでしょうから更に高い値となるでしょう。

ところで、特異度と感度が高い検査でも、有病率が低い場合は結果が必ずしも信頼できない場合があります。これについて数値を変えつつ見てみることにします。
日本では疑似症数も不明で市中感染率の推測も難しいですが、まずは4月の東京の抗体検査の0.6%を使うことにします。

コメント 2020-06-01 132205

まず、一時期言われていた感度40%、特異度90%とすると、有病率0.6%では、陽性的中率2.4%、陰性的中率99.6%となります。検査対象の1割程が陽性となりますが、陽性者の97%が偽陽性ということになり、この仮定では偽陽性が大量に発生してほとんどの陽性者を無意味に隔離することになります。

つぎにコロナ専門家有志の会の資料の値を参考に、感度70%、特異度99%を仮定すると、有病率0.6%では、陽性的中率29.7%、陰性的中率99.8%となり、陽性者1.4%のうち7割も偽陽性が出ます。ただし数値のネタ元は神奈川県医師会のサイトで、学術的に根拠のあるものではありません。

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ではニュージーランドの検査の陽性者が全て偽陽性としたときの控えめな見積り値である99.97%を特異度として、感度70%有病率0.6%とするとどうでしょうか。
陽性的中率は93.4%、陰性的中率は99.8%となります。偽陽性は陽性者の7%にまで下がります。検査陽性率は0.45%、偽陽性率は0.03%となります。

このとき、検査対象の0.18%が偽陰性となります。
偽陰性者が動き回って感染拡大させるから検査するべきではないという言説もあります。しかしそれは、検査せずに有症者の10割が動き回って感染拡大する場合と比べるべきです。感度分の7割を発見し隔離したほうが、感染拡大は抑えられます。

また、ある患者がCOVID-19陽性である可能性は、検査前が0.6%であるのに対して、検査陽性者では93.4%、検査陰性者では0.2%になります。見逃しは0%ではないので警戒しなくて良いことにはなりませんが、全員を感染者として扱うよりは、はるかに合理的な感染対策ができるのではないでしょうか。

検査してもしなくても全員を陽性者として警戒すれば良いといった言説も見かけますが、残念ながら日本ではN95マスクや防護服すら不足している状況でもあり、全員を個室隔離できるわけでもありません。目に見えないウイルスを見つける有力な手段を放棄して、医療資源を浪費して良い状況ではないのです。

なお、感染研の検体採取・輸送マニュアルでは、基本的に下気道と鼻咽頭ぬぐい液の複数検体を採取することになっているので、感度は更に上がると考えられます。

以上より、実績値を元に検討しても市中感染率が低い状況でもPCRの活用は有用であることがわかります。それでも完璧ではありませんが、なにごともコストに対して得られるメリットを比較検討する必要があります。限られた医療資源で感染拡大を抑えるために、PCRは使えるに越したことはないのです。

PCRの感度特異度が100%でないという言い方をする人もいますが、それはそもそもどんな検査でもそうです。それでも敢えてPCR検査の感度特異度を批判したいならば、PCRよりも簡便で感度特異度も高い検査を見つけてからにすれば良いと思います。世界中で使われるでしょうし、ノーベル賞も取れるでしょう。

さて、PCRは原理的にも定義的にも実用的にも特異度や感度が高いことがわかりましたが、これは昨日今日はじまったことではないのです。PCR法は1983年に発明されて以来、生物学や医学では欠かせない技術でした。しかし日本では専門家からも正確でない情報発信が相次ぎ、活用が遅れたことは残念です。

最も、基本的な原理を知らなかったり、知っていても実際の数値を知らなかったり、英語や論文が読めなかったりするのは、専門家に限った話ではありません。あえて言うならば日本でそういったことが重視されてこなかったことが問題なのであって、誰かを責めれば解決する話ではないと思います。

ただ、私も含めて誰もが過ちをおかすもので、無謬性を標榜することほど大きな過ちはありません。それは政府や専門家であってもそうです。ただし良心または責任感があるならば、その時点での知見に基づいて過去の過ちを訂正し、より正しい情報発信をすることは、信頼の基礎となるものだと思います。

つまり、この期に及んでPCRの特異度が99%であるとか、PCR検査は特異度感度に問題があるため偽陽性偽陰性が大量に出るなどの、誤った知見に基づいて検査の要否を語るのは、防疫の面でも臨床の面でも有害無益としかいいようがなく、科学の徒を自認する者ならば、慎むべきです。


PCR検査に関するよくある誤解についての解説は、こちらに続きます。
死んだウイルスで偽陽性?
全員検査で感染拡大?
日本にはCTがあるから効率良く陽性者が見つかっている?
スクリーニングにPCRは使えない?

日本独自のPCR抑制論の問題点については、こちらに整理しています。


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