目に入れても痛くない

「お義父さん、娘さんを僕にください」
「私はね、うちの娘を目に入れても痛くないくらい可愛いんだよ」
そんな下手くそな芝居の科白を隣で聞いていた私は、あれよあれよ小さくなり父の目の中に入ってしまった。いつも間にスモールライトを食らったのか、誰がつまみあげて目に押し込んだのか、もはやなんのインパクトも無く、ただ父の下まぶたに両手をかけ、顔だけをひょっこりだしている私。
そんな皺の寄った布団を肩まで引っ張ってるような私が見えているのかいないのか、真剣な眼差しのままの彼。頼りなげだとからかっていた会社の後輩だったのに、いまやこんなにも頼もしい。
ふと気がつくと足し湯ボタンを押したかのようにみるみる足元に水がたまっていく。
「…娘を…よろしくお願いします」
あふれ出す涙にスプラッシュマウンテンされた目に入れても痛くなかった私は、見事に彼の隣にちょこんと着地していた。ちょっとスカートが緩くなるなんて嬉しい誤算もないまま元のサイズへカムバック。
深々と頭を下げながらむせび泣く父の背中をさすりながら、ああ、家族になったのだなとぼんやりと考えた。


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