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向日葵娘

アメリカで暮らしていた頃、最初のころは彼氏もおらずに結構地味な生活をしていた。

そうすると、近くのRTP(ラーリィ市のトライアングルパークは当時から医療・IT系の有名企業が列をなして開発した場所)の薬学専門施設で働く博識の友人ジーニィが、夏の週末となると、何処からともなくやって来て、旨ーく私を誘っては、小旅行代わりに自分のスポーツカーに私と私が当時飼っていた犬猫を載せて、自分の実家へ連れて行ってくれた。

ジーニィは頭の良い同級生で、私と一緒に奨学制度を使って入学し、バブル崩壊でドロップアウトした私に比べて、立派に私達が住んでいたキャンパス内の薬学大学院で修了し、且つ州立大学で博士号をとった頭脳明晰な尊敬すべき女史である。

悲しいかな、ジーニイは、自分の外見に自信がなくて、当時牧場を経営していたボーイフレンド、ライアンと結婚するも、彼の不倫で離婚した経歴があり、お母様やお父様から離婚の詳細や再婚についての豊富などを根掘り葉掘り訊かれるのを嫌い、ご両親が超気に入っているCHACHAを、ほぼ毎週、お土産代わりに実家へ連れて行っては、うまく離婚話からごまかしていた。

この頃、ジーニィのお母様からついたあだ名が

あの向日葵娘
That Sunflower Girl

である。

或る日、ジーニィのお母様から呼び止められて、向日葵は好きか、と訊かれ、向日葵を実際に見た事がないと言ったら、農家の土地にある向日葵畑に連れて行って下さった。

太陽の方向を見て咲くから、向日葵と呼ばれる

『ハニィ』、とお母様はトラックに載せてくれながら話し始めた。
『向日葵ってね、地味な花だけれど、それなりに需要があるのよ。大輪のバラと違う、大きな大輪のキク科の花よ。太陽を見つめて、微笑をくれるのよ。花言葉は、「一途さ、Loyalty」、「明朗さ、Sunny Brightness」、「微笑、Beautiful Smiles」、「愛慕、Love」、「私はあなただけを見つめる、I only watch you and you alone」「崇拝、adorration」。私はね、あなたの明るくて可愛いスマイル、大好きよ。ジーニィにもよく言っているわ。これらの花言葉は美しい良い言葉よ。神に焦がれる様に一途に人を愛しなさい。そして、自分を大切になさいね』。
『はい、お母さん、Yes, Ma'am』
とニッコリ笑いながら頷いた私を愛おしそうにハグしてくださったお母様。しばらくして彼女の訃報が届き、私もジーニィも泣いたものだ。

何かと学費に苦労していたころで、落ち込む事も多かったし、ご両親のかわいがってくださる言葉や心はとても私の心をうったものだ。

私は昔から恥知らず的に他人様と話すのが上手で、このテクニックがアメリカでさらに磨かれ、いつもニコニコしながら友人の御両親と話すもので、ヤバす💦😓💦なプライベート生活を抱えた妙齢の友人達に競って実家行きに誘われたものだ(笑)。

奇特なクリスチャンの多い実家のご家族は皆さん、外国からたった一人で海を渡ってやってきた得体のしれないこの楽観気質の日本人娘を歓迎してくれたし、何よりその怖いもの知らずなニコちゃん的性格(英語も話せない状態でアメリカに来るなんて、ってアレですね)に興味を惹かれ、当時牧場の兄さん達からも結構ラブレター貰ったりしてモテたもんじゃわ(笑)。

ジーニィの実家のお父様とお母様は自営の農家で、牧場もやっていた事から、馬に載せてもらったり(写真を送って父をそれは心配させたり)、うちの犬を連れて遠出の乗馬に連れて行っていただいたり、楽しい思い出が満載だ。友人の結婚式に招かれてフラワーガールや花嫁付添人をやったり、学生時代の夏休みは面白い事が続いたものだ。

ジーニィは実家に帰っても、実家の中で自費で作った研究室に籠って、私に車のキィーを渡して好きに使わせてくれた。私の犬猫はこの自営農家でお母様とお父様がおつくりになる美味しいお肉やパンケーキ、美味しいおまめスープや動物用のコーンスターチなどに喰らいついていた。ジーニィの御両親は動物が大好きで、我愛猫愛犬は両方ジーニィの御両親には超懐いていた。当たり前のように、かわいがられていた。

ジーニィの実家での数日は、学生時代の私の自己肯定感の誕生と、それを記念する向日葵との出会いでもある。

日本では、上品な女はバラのようだと言われるが、アメリカでは、向日葵のように泥臭いが太陽の方向を向いて上を向く強い女の様な花が好かれる。向日葵を以て結婚する人も牧場の娘さんには多いものだ。

牧場で老馬「ハーヴェイ」の上で向日葵のブーケを付けたカウボーイハットでポーズをとった写真、何処へ行っちゃったのかな、、、

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