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【二人のアルバム~逢瀬⑬〜風来坂②‐TWO 電話② ~】(フィクション>短編)

§ TWO 電話 (つづき)
「は~い」
「あ」
男性の聴き慣れない声がした。
「やぁ、久しぶり…」
「はい?」
彼女には誰なのか、声では判定が付かず、困ったので、
「恐れ入りますが、どちら様でしょうか?」
と訊いた。ずっと彼女の表情を探っていた彼がベッドから起き上がって、テーブルのところで煙草をくわえ、振返った。人差し指で、「俺?」と尋ねるかの様に、自分をさした。
分からない、とでも言うように頭を振って、彼から目線をずらすと、電話の主が続けて話していた。
「…さんでしょ。久しぶりだなぁ。もう、2年?3年?」
「あの…?」
まだ彼女が今一つ誰なのか考えていると、電話してきた男はクスッと笑った。
「あ、ごめんなさい。私ね、ご無沙汰しちゃって。あなたの彼氏とあなたと、以前、プロジェクトでご一緒した、アルトエクスプレスの斎藤です」
「あら、副社長さんですか」
「やっと分かって下さったかな。いや、お久しぶり」
「ご無沙汰して…、お声が分かりませんでしたわ、申し訳ございません」
「いやいや、急に驚かしたのは私です。ごめんね」
「副社長」の一言で、誰か分かったらしく、彼は電話を換わる、と動作で云った。人さし指を使って、此方へ来て電話を換われ、と言っていた。
「あの、彼に代わりますね。少々お待ちになってください」
電話を貰った彼は、
「もしもし、お疲れ様です」
と渋い声で言ったきり、斎藤の声を暫し聴いて、テーブルに置きっぱなしになっていた醒めたコーヒーマグを持ち上げ、お代わりを彼女に頼みながら、電話に謂った。
「副社長」
と、謂ってまた少し黙って相手の声を聴いていた彼は眉間に皺を寄せて、ため息を吐いた。

眉間に皺を寄せると、彼の疲れが心の底から感じられた。普段、彼女にとっては酷く魅力的な真摯な目元に隈が浮かびだし、まるで純粋な瞳が汚れを負ってしまった様に、彼女には見えた。
「いや、いや、もう、私は疲れました。それに―」
相手の声が一オクターブ高くなったところで、フラットに彼は言い放った。
「もう遅いですよ、副社長。出すものは出しちゃったんですから。ですから、私は責任取らして貰いました。もうここに電話しないでください。」
そして、副社長の声が何か声高に返してきていたが、彼は電話を切ってしまった。

少しすると電話が架かって来たが、彼が出ようとして電話を上げた彼女を止めて切電した。
「好いの、切ってしまったりして?」
と不安そうに彼女が訊くと、
「留守電とか、あるのかな、この電話?」
と彼が訊いた。
彼女がうんと頷き、
「あるわよ。留守電サービス、登録するオンラインで」
「あ、そ」
彼は空を見上げて、少し考え、
「じゃ悪いけどさ、コレ、ブロックしてくれるかな。それに、他の電話でも架けて来るだろうから、受電を暫く切っててくれる?」
「え、そんな事して好いの?」
「好い」
彼はまじめな表情で頷いた。
「全く問題ない。好いよ」
「じゃ、受電しないようにするわ」
と、応えながら、彼女は持っていた自宅用の電話の機器を操作した。
「はい、出来ました」
ニッコリした彼が彼女に、
「有難う。ね、今日は何か仕事、入ってる?」
「今日は、って言うか、今週は特に何も」
彼はさらに満足した笑顔で、彼女を抱きしめた。
「じゃ、俺と一緒にゆっくりして」
「好いわ。但し、ホットコーヒーを二人分作ってからね」、
と笑いながらキッチンへ行った。

彼は椅子に跨って逆座りをして、椅子の背もたれに凭れて、にやけた表情で彼女に見惚みとれていた。彼は、その後あの電話の話を彼女にしなかったし、彼女も訊かなかった。

§ THREE  提案
夕方になって、冷蔵庫に二人分の食料を常時保持していなかったので、彼女は彼にストアに買い物に行きたい、と言った。最初、留守番を頼んだが、彼は彼女に同行したいと言って、一緒に買い物に出た。

今まで、彼に呼び出されて何処かへ行くとか、デートするとか、頻度は多かったものの、2人で惣菜の買い出しをしに行くのは初めてだった。共同作業をする彼の姿を見て、彼女は何だか嬉しかったが、彼も嬉しそうだった。

前の晩の大暴風の中で風に向かう方向で彼と坂を上って彼女の息を切らせた急な坂は、今度は下り坂で、今日の天気は、晴天で風は感じない程、静かだった。昨夜は彼も暴風に向かって歩いていた為、後ろにも先にも、何が有るかなんて見えなかった坂の上だった。

今、其処から見える、商店街の街灯などが、きれいな晴天下に見えた。
「おぉ、商店街はあっちか」
彼が感慨深げにそう言って、彼女の手を握った。
「昨夜、見えなかったからな、真っ暗で、さ」
彼女は噴き出し、頷いた。彼を見て、
「今日は、ウチの近くの安いストアに行きましょう。モールとか、行く必要は無いのだし。一緒にクッキング、する?」
「うん、いいよ…。俺、上手だよ」
住んだ事の無い街に突然引越しをして興奮している少年の様な態度で、彼は彼女について行った。丁度風来坂を下りた直ぐの所を右に曲がると、八百屋や果物屋が経営している小さいストアがあった。彼はクスクス楽しそうに笑い、彼女の手にする野菜や総菜全てを自分で軽く持ち上げ、金を払う時は彼が払った。店員が彼を彼女の「旦那さん」と間違って呼べば呼ぶ程、ニコニコして、赤い頬して喜んでいる。

彼女がどう赤面して、自分で持とうとしても、彼がクスクス笑いながら軽々と持ち上げた。支払いは全て彼が手を挙げて店員に対応した。

お蔭で終いには、ストアの店長のオバサンが、「年取って結婚した新婚さん」だと言い出し、彼女がどう否定しようが、来店中の皆からおめでとう、と謂われた時は彼が真っ赤になって大笑いしていた。

家に帰ってから、彼女の提案で、シンプルなカレーライスにするか、と言う事で、しゃれたものではなく、玉ねぎ、にんじん、ジャガイモを使って、典型的なカレーライスを二人で作った。彼は彼女の提案なら、何にでも賛成した。野菜の切り方などを見ていて、彼女が感心する程、彼は料理が上手なので、野菜のカッティングやカレールーの味見などは、彼が対応した。彼女は、彼のアシスタントになった。二人で彼女の小さなテーブルで食べたカレーライスは美味しかった。彼女はいつも一人で飲食を自宅でしていたから、彼がいなくなったら、さぞ寂しいだろう、と想像していた所に、彼が話しかけた。

「…ね」、
と、彼が話し始めた。テーブルで相対に美味なカレーライスを食べながら、彼は続けた。
「旨く謂えなかったんだけど…。前回は、愚かしい私の態度で、あなたにいやな思いをさせたと思う。もう一度、謝るよ。赦してくれ」
「赦すわ」
彼女は即答した。彼は、息を呑んだ。
「ん...。そう言うって分かってた」
「赦すわ。だからもうこの事は話すのはやめましょ」
彼は頷いた。
「うん、うん、うん…」
彼の瞳には涙が滲んでいた。
「でさ、話があるんだ」
「何?」
「…一緒に住まないか。俺、全部引き払ったし、家ナシなんだよ。ココに移ってくるから。二人で暮らそう」
「え...」



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