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ホットミルク

「…さむ、」


手の中のほんのりとした温かさを感じながら、ソラは小さく呟いた。

夏の終わりの秋のはじまり。
この時期特有のひんやりとした空気が、ソラの肌を撫でて去っていく。



「…うま、」
手にしていたマグカップの中身であるホットミルクを一口飲み、ふぅと息を吐く。
ホットミルクからは、ほのかに甘い蜂蜜の香りがする。
大き目のマグカップに少し熱めのミルクに蜂蜜をひと回し。
これがソラのお気に入りの作り方だ。

ベランダから見える空は、少し曇っていて、星の光はうっすらとしか見えない。
もう一度ミルクを飲むと、ソラはぼんやりと夜空を見上げた。


◇◇◇


たまにあきらめたはずの生活に、想いを馳せたくなる時がある。
自分で選んだはずの生き方なはずなのに、これでよかったのかとか、他にできることはなかったのか、と。
後悔をしているわけではないけど、この生き方をしていなければ、ふつうに高校生してたのかな、と。


不意に窓のガラス越しに、ヨルの歌声が聴こえた。

(聴こえてないと思ってるのかな?)

ヨルは歌が上手いくせに、ソラが頼んでもなかなか歌ってくれることはない。
そんなヨルが楽し気なトーンで歌っている。
そのことが少し面白くて、ソラの口元は自然と緩んでしまった。


低温の少しかすれた、それでいて包んでくれるような声が聴こえなくなったと思うと、窓の開く音が聞こえた。


「ソラ、冷えるよ。」
「うん。」
「ホットミルク?」
「うん。いれたげよっか?」
「うーん。そうね、蜂蜜はちょっと少なめにしてくれるなら。」
「オケ。ふた回しね。」
「ちげーよ。」

ソラの頭を軽くはたいて、先に部屋に入るヨルの背中を見ながら、あぁ、自分は今のままでいいのだとソラは思った。


ヨルがいるから、いまの自分がいる。
今はこれで良いのだな、と。


ソラはひんやりとした秋の気配を背中に感じながら、暖かな部屋の中に足を踏み入れた。


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