『瓶詰』 一葉目

 拝呈、時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。さて、かねてよりご報告させて頂きました潮流研究資料をご送付いたしました。件の、日記の切れ端が詰められた麦酒瓶でございます。島民が発見したものを回収したのですが、様子を見るに二つほど判明したことがございます。併せてご報告させて頂きます。
 一つは、ここより数里離れたいくつかの島のいずれかより着いたものであるということ。
 もう一つは、瓶の様子から鑑みるにかなり以前に漂着したものと考えられること。
 この二点です。重ね重ねになりますが、何かのご参考になると思い、村費にて二つとも封瓶のままご送付いたしました。どうぞよろしくお願いします。何らかのお役に立てましたならば幸いであります。 敬具

九月十日                   

 安原島村役場
 ○○市海洋研究所御中

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 第一の瓶の内容

 私は間違いを犯しました。何も一つではなく、いくつも、たくさん、多くの間違いを犯しました。どこかで見たような言葉を使うのならば、私は、“恥の多い生涯を送ってきました”。そうして私は、私を赦せなくなっていきました。
 恐らく、この手紙がたどり着く頃にはもう手遅れでしょう。この極楽のような島で、天の使いのような人々に囲まれ、私は命を絶つことでしょう。目の前に屹立するあの崖から飛び降りて死にましょう。きっと楽に死ねることでしょう。いいえ。やはり楽に死ぬことさえ烏滸がましい。地獄のような苦しみを味わいながら、ゆっくりと死んで往くべきなのです。それこそが最も良いことだと思うのです。
 ただ、ただ一つ、神に願うことがあるとするならば、どうか、どうか私を地獄へ逝かせてください。しかし、たとえ地獄に堕ちて業火に焼かれ、剣山で串刺しになろうとも、私は私自身を赦すことが出来るかは分かりません。きっとこの性質は、この性分は、この罪は、二度と私から消え去ることはないでしょう。深く根の張った黴のようにこびりついて離れないものです。そう易々と落ちるものではないのです。この罪からはもう逃れられないのです。
 逃げても、死んでも、地獄に逝こうとも逃れられないこの運命に、私はもう抗うことが出来ません。だから、こうして手紙を流したのです。どなたかに私の決意と罪を知ってほしかったのです。何も関係の無いそこの貴方からすれば、私の決意や罪などは至極どうでもいいようなことなのかもしれません。違うのです。私はただ、知ってほしいだけなのです。世にはこのような人間が居ると言うことを。そして私の心の中から轟く絶叫を。聞いてほしいのです。私の言葉を。識ってほしいのです。私の彷徨する魂を。私の生涯を。

 今ここに告白しましょう。この私の背負った地獄とは何なのか。弱冠十数年という短い人生ながら、私が何に苦しみ続けたのか。誰の内面にでも存在しうるそれを、貴方のよく知る言葉で言うとするならば、それは、『嘘』でしょうか。虚言虚構虚実虚妄。仮構空言戯言法螺。いくつもの言葉でそれは表されている。真実ではないそれに、私は取り憑かれていたのです。良いことではないそれに、私は慨嘆していたのです。
 さて、貴方はたった今どちらでしょうか。まるでくだらないと嘲るでしょうか。それとも、この私を可哀想だと憐憫するのでしょうか。すでに死人となった私にはもはや確認する術などなく、地の底から貴方の影を眺むるばかりです。

 実のところは、私は二年ほど前にもこのように瓶詰を流しているのです。思えばあのときに救われていたならばどれほど良かったことでしょうか。そうすれば、もしもそうだったとすれば、今私がしようとしていることも無かったのかもしれません。いや、あのように天邪鬼ですから、きっと嘘をつくように嗾けているようにしか捉えられないでしょう。本当は気づいているのに。救難信号に気づいてほしいのに。

 分かりました。そういうことなのです。私が死ぬ理由は、そういうことなのです。それがたった今、判明しました。手紙を書くとこのようなことがあるもので、発見が尽きることはありません。
 私はきっと、救われたいのです。そしてこれから救われるのです。私の心の奥底などは、私自身にもよく分かりませんが、どこかにそういった想いが、一臂だけでもどうか救い出してほしかったのです。
 家には両親の影響からか、聖書が一冊、共用の本棚に置いてありました。幼い頃からその姿を見ていましたが、どうにもそういったものに対する関心というか、何かそういったものが薄かったのだと思います。基督などに助けられるものかと曰っていたのですが、今思うとどこかに憬れがあったのかもしれません。だから、だから私は死にたいというのです。何も、本当に死ぬつもりじゃなかった。ただ、そう言っていただけだった。けれども、この不浄の魂は死してのみ鎮魂されるのでしょう。

 さて、もう時間です。貴方にはまだまだこれから時間があることでしょうが、私はもうこれまでです。
 最後に願いをいくつか書くとするならば、如何しましょうか。
 まずは、貴方へ。この手紙はすぐに破り捨てて頂いて結構です。ご自由にしてください。ただ、他の誰の目にも触れないようにお願いします。
 次に、家族へ。私のことは、どうか愛子でなかったのだと諦めてください。あなた方からこの悪魔を生んだのだと知ってほしくはないのです。どうかすっぱりと諦めてください。遺書は瓶に詰めて流しているので、この願いが伝わるはずもないですが、私はあなた方に愛されて幸せでした。どうかお赦しください。
 そして、お救いくださる神へ。これは、償いです。私の犯した罪の、悖戻の償いです。どうぞお赦しください。私はこれから死ぬことでしか自身の価値を見いだせませんでした。その程度の価打しかない狂妄だったのですから。

 では、さようなら。
 来世では宣教師になろうと思います。どうか応援してください。
                             
                          救いを望み続けた哀れな子羊より

名も識らぬ何処かの貴方様へ――

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