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わたしの王冠

昔々、あるところに心の優しい王様がいました。
王様にはとても美しいお妃様がいましたが、病気で亡くなってしまいました。
お妃様との間に授かった美しいお姫様も、後を追うように亡くなってしまいました。

深い悲しみにくれる王様を、長い間王様に仕えていた侍女がそれはそれは熱心にお世話をし、励ましてくれたので、王様は少しずつ元気になっていきました。王様はいたく侍女に感謝をし、ほしいものがあったらなんでも言うようにと伝えると、侍女は「わたしをお妃様にしてください」と言いました。
「それは残念ながら叶えてあげられない」と王様が言うと「ではあなたの頭にある王冠を貸していただけませんか?一度でいいから王冠を身につけてみたかったのです」と侍女が言うので心の優しい王様は侍女の言う通り、王冠を頭につけてあげました。
するとどうでしょう、それまでおとなしく、控えめだった侍女が人が変わったように豹変し「この王国の女王はわたしだ!お前は今からわたしの奴隷だ!」と叫び始めました。
びっくりした王様は、慌てて王冠を取り戻そうとしましたが、侍女のとてつもない力に圧倒され、取り返すことができませんでした。
「妻と子供を失って、傷ついたわたしを助けてくれたのは彼女なのだから、しばらく彼女の好きなようにさせてあげよう」そう思ったので、心の優しい王様は侍女の言うことを聞いてあげることにしましたが、それがそもそもの間違いであったことに気付いた時はもう遅すぎました。

王冠を奪われた王国は、みるみるうちに衰えていきました。新たに女王として君臨した侍女が贅沢ばかりするようになったので、王国はどんどん貧乏になり、重い税金に耐えきれなくなった国民は次々と国を離れていってしまいました。王様、いいえ、かつては王様だった男の心もすっかり荒み、男の部屋にはたくさんの娼婦たちがいりびたるようになりました。かつての美しい王国は見る影もなく、そこはかつては王様だった男の自由を奪う牢獄となり、男はその牢獄の奴隷となってしまったのでした。


男が奴隷となってから何年もの月日が経ちました。とある賢者が、荒廃しきった王国を訪れました。
賢者を見つけた男が「立ち去りなさい。ここは呪われた国です。あなたのような者が訪れる場所ではありません。」そう告げると、賢者は「わたしはこの国の女王を救いに来ました」と言いました。
「なんてことだ、女王のせいでわたしたちはこんなに苦しんでいると言うのに、あなたはその女王を救うと言うのか」男は怒りを覚えましたが、賢者を女王の元へと連れていくことにしました。

「女王よ、頭についたその王冠は誰のものか?」賢者は尋ねました。
「この王冠はわたしのものだ、もう誰にも渡さない」
すると賢者は「その王冠はこの男のものだ、あなたの王冠はここにある」
そう言うと賢者は、女王が男から奪い、つけていた王冠を頭から外し、新しい王冠を女王の頭につけなおしてあげました。

すると女王はわんわんと泣き出して、賢者に、そして男に赦しを乞い始めました。
「あなた自身の王冠が存在していることに気付かず、他人の王冠を奪い、かりそめの王冠を身に纏うことがどんなに愚かなことに気がついたか」賢者は言いました。
「わたしはかつてただの侍女でした。王様に憧れ、お妃様に憧れました。わたしに王冠があるなんて夢にも思わなかったのです」そう女王が言うと「わたしたちは誰しもが自分の王国を持っている。そして誰しもがその国の王であり女王なのだ、それを忘れてはいけない」賢者が言うと、女王は国を去り、新たな国の女王となったのでした。

「さて」と賢者が男に言いました。
「あなたは自分の王冠を他人に譲り渡してしまった。それが多くの民を苦しめ、そして自分自身をも牢獄の奴隷とさせてしまったことに気付いているか?」
「気付いております。」と男が言いました。
「奪ってはならない。だが、奪わせてもならない。そのことにも気付いているか?」
「気付いております」と男が再び言うと、
賢者は「あなたの王冠をあなたの元に返そう、そしてこの王冠を守り続けることのできる強さと勇気をあなたに新たに授けよう」そう言って男の頭に王冠をつけるのでした。


王冠を、そして強さと勇気を得た王様は再び美しい国を取り戻し、それはそれは幸せに暮しましたとさ。
めでたしめでたし。

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