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自由軒のライスカレー

   カレーの出てくる小説をひとつ紹介しようと思い、浮かんだのが織田作之助の『夫婦善哉』であった。

 この小説は昭和15年、ということは、1940年、ということは今から82年前に雑誌に掲載され、その年のうちに単行本が刊行された。

 ずいぶん前に発表された。

 作者も今やほとんど忘れられている小説家なのかもしれないが、オダサクノスケ。「オダサク」と愛称で呼ぶ。学校で習う「文学史」では、「無頼派」「新戯作派」に分類されている。しかし、同じく「無頼派」「新戯作派」の代表選手、太宰治や坂口安吾とは違い、もちろん、教科書になど載ってはおらず、残念ながら今や文庫本で何作か読める程度である。

 その、希少種となってしまったオダサクの作品で、本屋で手に取るとこができる『夫婦善哉』というお話がある。めおとぜんざいと読む。

 『夫婦善哉』は「駆け落ち」した後、どんどんダメになっていく男と頑張り過ぎる女の話である。小説は一貫してふたりのダメな話が繰り広げられる。商売がことごとくうまくいかない。けれど、いつまでもいつまでも2人ともお互いに愛想をつかすことなく暮らしていく。

 夫婦善哉は、めおとよきかな(夫婦って良いなあ)とも読めるが、なんばにあるお店の名前である。今も、ある。ぜんざいが食べられる。1人に2杯ずつぜんざいが出てくる。

 小説は終わりの方に、2人が夫婦善哉へ行き、ぜんざいを食べるシーンがある。1人に2杯ずつぜんざいが出る。男が「1杯山盛りにするより、2杯にする方がぎょうさん入ってるように見えるやろ、そこをうまいこと考えよったのや」と言う。女が「1人よりめおとの方がええいうことでっしゃろ」と答える。商売がへたくそな男と、仕方なし、1人で稼ぎに行っては貯めたお金をほとんど男に使われてしまう女の会話なので、ハッキリ言って「とんちんかん」なのだが、ほっこりするのである。ぜんざいが食べたくなる。ぜひ最後まで読んでほしい。面白いので!

 さて、カレーである。小説の中盤にカレー屋さんが出てくる。店名を自由軒と言う。今も、ある。

 出て行ったきり遊びまわっていた男がやっと帰ってきた日、女は急に空腹を感じて、自由軒へ行く。1人で食べ、コーヒーを飲みながら「ここのライスカレーは御飯にあんじょうまむしてあるよって、うまい」という男の言葉を思い出す。「駆け落ち」をする前、男はいろんな安くて美味しいお店へ女を連れて行ってくれたのだ。翌日、2人で改めて自由軒へ行くのであり、終盤に出てくる甘い「めおとぜんざい」同様、カレーも2人の生活を象徴するアイテムだ。少々スパイシー過ぎる生活かもしれないが。

 カレーとごはんがもともと混ぜてあるのが、自由軒のカレーの特徴だ。確かに、「あんじょうまむしてあるよって」、良い具合にまぶしてあるから、うまい。

 カレーを混ぜてから出す店が、現在どれぐらい残っているのだろうか。昔、私の子どもの頃はまだあったように思うのだが記憶違いだろうか。
 …そう言えば、「カレーを混ぜて食べると下品である」という感覚はどうか。ひと頃はあった気がするが、インドカリーが人々の生活にも浸透しつつある最近の日本においては、まだ生きている感覚なのだろうか。

 それから、自由軒のカレーは生卵がのっている。カレーに生卵をのせるのは、一般的でないのだろうか。辛さがうまく和らいで美味しいが。

 自由軒本店へは、近鉄難波駅、Osaka Metro(地下鉄)各線なんば駅11番出口から出て徒歩2分。小説を書くオダサクの写真と「トラは死んで皮をのこす 織田作死んでカレーライスをのこす」と書かれた額が飾られているので、探して、カレーを食べてみてください。

※『SECOND CURRY LIFE』vol.1(2016.9)に寄稿し、一部改稿した。

注)自由軒に飾られている写真は誰が撮ったのか私は分からないけれど、とてもかっこいいので、店のHPを貼り付けておきます。

原稿を書いている織田作之助。
二代目のご店主が織田作之助から貰ったと書いてあります。いつの頃の織田作之助なのでしょうね。
※銀座2丁目の喫茶店キムラヤで撮られた写真だと教えていただきました。誰が撮ったのかは不明です。喫茶店でも原稿を書いていたんですね。

織田作之助は、そもそもいわゆる知的なイケメンだったと思う。だが、今見ることのできる写真に漂う、ヤンチャなイメージは(もちろん夜な夜なお酒を飲んだりしていたのだろうが)、それを撮った人の感性が大きいと思う。林忠彦という写真家である。銀座のバー「ルパン」(今も、ある!)で撮られた太宰治の写真(椅子の上であぐらをかいているあれです)も林忠彦の撮ったもの。万年床でありとあらゆるものが散らかっている汚い部屋でカメラを睨む坂口安吾の写真もそうである。「無頼派」作家達のイメージは、林忠彦が作ったと言っていいと思う。

▽自由軒HPより

▽林忠彦について

※「文豪ストレイドッグス」というアニメで、
織田作之助という登場人物がいると教えていただきました。好きなものは「カレー」だそうです!
『夫婦善哉』の内容をふまえてのキャラクター設定でしょうか!? 最高!
ローカル作家だとばかり思っていたら、織田作之助はアニメの中で有名人になっていたのですね。
織田作之助の1ファンとして、心から嬉しいです。アニメを創ってくださっている方々の話もお聞きしてみたいし(なぜオダサクを登場させようと思ったんですか?とか…)、「織田作之助」というキャラを愛してらっしゃる方々ともお話ししてみたいです(どのあたりが好きですか?とか…)


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