「レシートは?」「大丈夫です」久々に他人としゃべった4月のおわり
2020/04/24 出勤日
週に1度になった出勤、感染のリスクがどうとかは置いておいて、仕事という大義名分で街を歩けるのが単純にうれしい。
どうせこの不織布の盾も無敵ではないのだし、死ぬときは死ぬんだ人は、と思いながら、家を出る。死にたくないなあ。
ウキウキの頂点は家を出発する瞬間で、そのあとは、ランチタイムでも人がまばらな飲食店街や、そもそも営業すらしていないお店をたくさん見ることで緩やかに下降していく。
お客のいないお店の中から、店員さんが外を見ていた。店員さんの視線の先には、やはりお客のいない飲食店があった。
同日に出勤していた所員は、明日引っ越しなのに荷造りをしていないどころか、安い引っ越し業者に頼んだから、段ボールも自分で手配しないといけないのに、それもまだやっていないとか抜かしていた。
段ボールってどこで買うの?大丈夫?と尋ねると、近所のスーパーからもらうんだとか。中学生のころ、文化祭か何かの設営の材料を、学校の近くのスーパーにもらいに行ったのを思い出した。
マスク越しの声が聞き取りにくくて、後半は曖昧に頷くばかりだった。
2020/04/26 それなりにはなれる、なんでも
朝目が覚めると、シャワーを浴びて軽くお化粧し、昨晩AVを見たのと同じパソコンを開いて仕事を始める。
チャットで交わす「おはようございます」は少し味気なく、ついポップな絵文字を添えてしまうけれど、こんなに元気な「おはようございます」は、わたしの中に存在しない「おはようございます」だなあと思う。
会社から渡されている社用携帯は、着信音とバイブが異様に大きく激しいので、入電のたびに心臓が飛び出そうになる。
その上、セットで渡された充電器のコードは異様に短い。
わたしの部屋の電源の場所の都合で、この携帯は床に置いて充電するしかないのだけれど、入電のたびに激しい音と振動で暴れまわるので、短いリードをつけられた猛犬みたい。
すごく嫌ってわけではないけれど、他に何か嫌なことがあった日は、これが追い打ちになってすごくげんなりしてしまったりする。
生活のほとんどをこの小さな部屋に持ち込んで、人と会わずに暮らすようになって、早いもので1ヶ月ほど。
できないと思っていたことの中で、本当にどうもがいてもできないことって、量としては実はすごく少ないのかもしれない。
わたしの仕事だって、上司から3月のおわりに「4月からテレワークできるようにしてね、よろしく」とだけ言われて、半泣きで色んなものを手配して回ったけれど、手配しているわたし自身、内心では家でできる仕事なんて1つだってあるもんかと思いながらやっていた。
でも、ちょっと大変な思いをして最低限の環境を整えれば、多少の不便は仕方ないにしろ、それなりにやれてしまうことがわかった。
大体のことは、資金と気合があればなんとかなるもの。
2020/04/27 着飾るということ
もうずいぶん、おめかしということをしていない。
人と会わない生活になって思うことは、わたしの生活がいかに、人と接することを前提にしていたかということ。
毎月のお給料を圧迫していた洋服代も、化粧品代も、みんな誰かに会うためのものだったと、それができなくなった今気づいてしまった。
だからこそ、人と会わない生活になったとき、自分がどう堕落していくのか、この生活がはじまる前は恐ろしかったんだけれど、そこは意外と大丈夫で、むしろ前よりもスキンケアや筋トレにまじめに取り組んでいたりして、自分でも少し不思議。
ただこれも、いつ世界が元通りになってもいいように、いつでもまた元の生活に戻れるように準備をしてるだけのことだし、そういう自分を客観的に見ると、どれだけ待ち遠しいんだよ…と哀れに思ったりもする。
夏には、元通りになった街でのびのび遊べるだろうか。
毛布に包まりながら、ほしい夏服に目星を付ける。
淡く透けて体のシルエットが浮かぶようなブラウスや、風を含んで揺れる姿を想像するだけでうっとりするようなスカートは、パソコンの画面で見ているだけでも「ああ、これを着られる季節がくるんだ」と心が癒される気がする。
春の着る楽しみは、ごそっと抜け落ちてしまった。その分、暑い夏に似合う、薄くて軽いお洋服をたくさん買ってもいいよねって、ゾゾタウンのお気に入り商品のページを充実させる作業で、睡眠時間をすり減らしたりしている。
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