きれいごと言っていたい日、聞きたい日 立ちションなんてしたことないよ
2020/05/04 死んでいる父と生きている父
わたしの父は、わたしが産まれる少し前に死んでしまった。
父は母よりもかなり年下で、母と出会った当時は、ふらふらと働きもせず遊びまわっていたらしいが、母が就職先を紹介してやったり、何かと世話を焼いているうちにわたしができ、二人は結婚することになった。
父は、もともと体が弱く、まともに働いたこともなかったが、母がわたしを身ごもったのをきっかけに、人が変わったように働くようになり、果ては過労死でこの世を去ってしまった。
父の実家から縁を切られた母は、その後しばらく一人でわたしを育て、やがて今の父と再婚をした。
わたしは二十歳の夏、亡くなった父のご両親に連絡をしてみた。祖母と祖父はとても喜んでくれ、家族で会いに来なさいと言ってくれた。
わたしは、母と、生きている父を連れ、亡くなった父の実家を訪ねることにした。
生きている父の運転する車で、亡くなった父の実家がある君津を目指す。残暑の厳しい日だった。
途中立ち寄ったミニストップの駐車場で、潮の香りが鼻をついた。
なんとなく父に「本当は来たくなかった?」と聞いたけれど、父はどちらともつかない返事をして、あとは黙ってアイスを食べていた。
わたしの顔は、亡くなった父に似ているらしい。
亡くなった父の両親は、はじめて会うわたしの顔を懐かしいと言い、何度も何度も手を握ってくれた。
この場に、この老夫婦と血のつながりがあるのは自分だけなんだと思うと、自分が作り出した場面とはいえ不思議で面白かった。
亡くなった父の写真も見せてもらった。
写真の中の父はあまりにも若く、これがあなたのお父さんよと言われても、どんな顔をすれば良いかわからなかった。
風鈴が揺れてかすかな音がした。そういえばずっと、潮のにおいがしている。
お昼は、立派な出前のお寿司が振舞われたけれど、祖母がちゃちゃっと作って出してくれたおすましが一番おいしかった。
祖母はわたしたちの帰り際、玄関先で名残惜しそうに、いつまでも他愛のない話をし続けていた。
玄関に立てかけられた、ひどく錆びた自転車を眺めていると、祖母は「潮風でね、すぐそうなっちゃうのよ」と言ったあと、「あなたはご両親より長生きなさいね」と言った。
気が付けば、わたしは父が死んだときの年齢を追い抜いてしまった。
父は今頃、もう何か別のものに生まれ変わっているだろうか。
2020/05/05 忘れないでねって言ったら、嘘でもいいから忘れないよと言ってほしい
部屋の中を物色したり、むかしのことを思い返す時間が増えた。
ゆっくり一人で過ごすと、自分とばかり話してしまう。
今日もまた、新しく過去の記憶を発掘した。
[学生時代にトイカメラで撮った写真ら]
先日の日記に載せたバンドグッズにせよ、今日発掘したトイカメラの写真にせよ、自分が記憶している通り、過去に存在したことの裏付けという感じがして興味深い。
ああ、わたしって本当に14歳だった時があるんだ・・・みたいな。
なるべく色んなことを覚えていたいなと思う。
自分のこともだし、関わった人たちのことも。
元気が出ないとき、何もない無の空間から元気を作り出すのは難しいから、元気だった時の自分のことを思い出すようにしている。どうでもいいことだけど楽しかったなあみたいな出来事が良い。
大体そういうときには、そばにいた人のことをいっしょに思い出したりするから、そういえば最近会ってないからごはんに誘っちゃおうかなあなんて思い始めて、簡単に元気が出たりする。
それに、自分に関わる人の、本人ですら忘れているようなことを、もしわたしが覚えていてあげられたら、それで何か助けになれるときがあるかもしれない。
わたしと関わってくれた人にも、少しでいいから、わたしのことを思い出してくれる時があったらいいなと思う。
本当に他愛のないことで良くって、ただ、わたしという人がそこにいて、いっしょにこんなことをしゃべったなあとか、お茶をしたなあとか、そんなんでいいから、たまに思い出してもらえるような人でありたいと思う。
じつはこれが一番ぜいたくな願いかもしれないけれど。
2020/05/06 ゴールデンウィークおしまい
昨年のゴールデンウィークは、とにかく人と会いまくっていて、忙しくて何がなんだかわからないような毎日だった。
今年は、静かな一人ぼっちのゴールデンウィークだったけれど、本を読んだり、映画を見たり、服を買ったり、物を捨てたり、きちんとして過ごせたと思う。
注文していた服が届いた。
届いてすぐに一人ファッションショーをしてみると、どれも試着せずに買ったのに、自分の身体によく馴染んで不思議だった。しっくりくる服って、高くても安くてもお気に入りの一張羅になるから、なるべく末永くよろしくと思う。
午後は、我慢できずに新しい服を着て買い物に出た。
買い物のあと、ハッピーセットを目当てにマクドナルドへ。
ハッピーセットは、思ったより実物がしょぼく、ふつうにテリヤキバーガーのセットにすることにした。
お店はさほど混んでいなかったけれど、わたしが順番を待っていると、見知らぬ男性が「持ちましょうか?」とわたしの荷物を指さした。
ありがとうございます、でも大丈夫ですと言うと、彼はわたしに会釈をし、そのままお店を出て行ってしまった。
ハンバーガー、食べに来たんじゃないの・・・?
家に戻り、久々にマクドナルドを食べると、びっくりするくらいおいしかった。こんな時でもマクドはうまいなあとしみじみうれしかったし、頼もしくさえ思えた。
お昼寝していると、遠くから雷が聞こえてきた。
足元にまとわりついた毛布を腰のあたりまで引っ張り上げ、窓の外に目をやると、すっかり薄暗くなっていた。
雨がザーッと来る前の、雷がごろごろいいだしたくらいの重たい空気は、少し不安な気持ちになるけれど、生暖かいゼリー状の何かに閉じ込められたみたいな不思議な安心感もある。
洗濯物のことを思い出し、慌てて立ち上がると、足がしびれていてうまく動けない。全身を、生暖かいゼリー状の何かに食い殺され始めているのかもしれない。
ああ、ゴールデンウィークがおわる。
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