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蒲団|田山 花袋|※ネタバレ注意※


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    A[竹中時雄] -->|師弟関係<br>片思い| B[横山芳子]
    B -->|恋人| C[田中秀夫]
    A -->|妻| D[時雄の細君]
    B -->|父娘| E[横山兵蔵]
    
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    %% 補足説明
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```

一:切支丹坂での回想と自問

一の一:過ぎ去った関係への思索

男は小石川の切支丹坂を下りながら、ある女性との関係について思いを巡らせる。36歳で3人の子持ちの身でありながら、その女性との間に芽生えた感情が単なる愛情なのか、それとも恋だったのかと自問する。

二人の関係は尋常ではなく、数多くの感情的な手紙のやり取りがあった。妻子の存在や世間体、師弟関係があったからこそ激しい恋に落ちることはなかったが、二人の間には潜在的な情熱があったと男は信じていた。

一の二:女性の心理への考察

しかし、最近の出来事により、男は女性が感情を偽っていたのではないかと疑う。文学者である男は、若い女性の心理を客観的に分析しようとする。女性の態度や表情は無意識的なものだったかもしれず、または師弟関係という制約のために意識的に抑制されていたのかもしれないと推測する。

男は、女性が最後の手紙で感情を吐露した時、自分がその思いに応えなかったことを反省する。女性の控えめな性格を考えると、これ以上露骨に迫ることはできなかったのだろうと思う。

一の三:現実への直面

男は「時機は過ぎ去った。彼女は既に他人の所有だ」と絶望的に考える。9月中旬の残暑の中、男は地理書編集の仕事場へと向かう。文学者でありながら地理書の編集に従事していることに満足していない様子が描かれる。

一の四:仕事場での煩悶

仕事場で男は集中できず、断片的で絶望的な思考に悩まされる。ハウプトマンの「寂しき人々」を思い出し、かつて女性にツルゲーネフの「ファースト」を教えたことを回想する。その時の女性の様子や、二人の間に漂った空気を懐かしく思い出す。

しかし最後に、男は「もう駄目だ」と嘆き、現実を受け入れざるを得ない状況に直面する。

二:新たな刺激を求める時雄と芳子との出会い

二の一:時雄の日常への倦怠感

竹中時雄は34、5歳で、三人目の子どもが妻の胎内にいた。日々の生活に倦み、仕事にも作品創作にも意欲を失っていた。自然の美しささえも平凡に感じられ、新しい恋愛への渇望を抱いていた。

二の二:芳子からの手紙

ある日、時雄は神戸の女学院生、横山芳子から崇拝の念を込めた手紙を受け取る。最初は無視したが、熱心な手紙が続き、ついに返事を書く。時雄は女性が文学に携わることの危険性を説いたが、芳子の志に感銘を受け、やがて師弟関係を結ぶ。

二の三:芳子との対面

翌年2月、芳子は父親と共に時雄を訪問する。時雄は芳子の美しさに心を動かされる。芳子は裕福な家庭の出身で、キリスト教の影響を受けた教育を受けていた。女学校生活で培った理想主義と虚栄心を持ち合わせていた。

二の四:時雄の孤独感の解消

芳子の存在は時雄の孤独な生活に変化をもたらした。時代遅れに感じられる妻との生活に不満を感じていた時雄にとって、芳子は新鮮な刺激となった。最初の1か月間、芳子は時雄の家に滞在し、家事を手伝いながら時雄を慕った。

二の五:新たな問題の発生

しかし、芳子の滞在は家庭内に軋轢を生じさせた。妻は表面上は不満を示さなかったが、親戚間では問題として取り上げられていた。時雄は煩悶の末、芳子を妻の姉の家に寄宿させ、女塾に通わせることを決意した。

三:芳子の成長と時雄との関係の変化

三の一:芳子の一年半の成長

芳子は一年半の間に故郷に二度帰省した。この期間、彼女は短編小説を5本、長編小説を1本、その他美文や新体詩を数十篇執筆した。英語の成績は優秀で、時雄の勧めでツルゲネーフの全集を購入した。二度目の帰省は神経衰弱のためだった。

三の二:芳子の東京での生活

芳子は麹町土手三番町に住み、8畳の客間を書斎として使用していた。その部屋には本箱があり、紅葉全集や近松世話浄瑠璃、英語の教科書、新しく買ったツルゲネーフ全集が目立っていた。彼女は学校から帰ると多くの手紙を書き、男性の友人も多かった。

三の三:芳子の行動に対する周囲の反応

芳子のハイカラな身なりと行動は周囲の注目を集めた。時雄の妻は、芳子が男性の友人と夜遅くまで出歩くことを心配していた。時雄は芳子を擁護し、新しい時代の女性の自覚と自立の重要性を説いた。

三の四:時雄と芳子の関係の深まり

時雄と芳子の関係は師弟の間柄を超えて親密になっていった。第三者から見ると、二人の魂が惹かれ合っているように見えた。時雄は芳子との関係に思い惑い、少なくとも二度、危うい状況に陥りそうになった。

三の五:芳子の恋愛と時雄の葛藤

芳子は同志社の学生、田中秀夫と恋に落ちた。二人は京都嵯峨で二日間を過ごし、その後の手紙のやり取りで恋愛関係を確認した。時雄は芳子の師として、この恋愛の証人となることを余儀なくされた。時雄は芳子を失うことに大きな葛藤を感じ、酒に溺れて自暴自棄になった。

四:恋の苦悩と嫉妬の炎

四の一:芳子からの手紙と時雄の動揺

時雄は三日間の苦悶の末、自宅に帰り着く。細君から芳子からの手紙を受け取り、急いで封を切る。手紙には、田中という男性が東京に来たこと、芳子が駅まで迎えに行ったこと、二人の関係が清らかであることなどが詳しく書かれていた。時雄は手紙を読みながら、様々な感情が胸中を駆け巡る。疑念と不安が膨らみ、監督者としての責任を果たさねばならないという思いに駆られる。

四の二:酒に溺れる時雄

時雄は芳子と田中の関係に激しく動揺し、酒を飲んで気を紛らわせようとする。細君の用意した晩餐にも手をつけず、盃を重ねていく。酔いが回るにつれ、時雄の言動は荒々しくなり、細君の心配をよそに、三番町の姉の家へ向かおうとする。白地の単衣に汚れたへこ帯という姿で、帽子も被らずに家を飛び出す。

四の三:夜の街を彷徨う時雄

時雄は酔った状態で夜の街を歩く。矢来の酒井の森の烏の声、散歩に出かける人々の姿が目に入るが、すべてが別世界のもののように感じられる。やがて市ヶ谷八幡の境内に辿り着き、珊瑚樹の蔭に身を横たえる。そこで時雄は、熱い主観の情と冷めたい客観の批判が交錯する複雑な心境に陥る。過去の記憶と現在の苦悩が重なり、時の流れの残酷さを痛感する。

四の四:姉の家での待機と芳子の帰宅

酔いが醒めた時雄は、姉の家へ向かう。しかし、芳子の姿はなく、深夜になっても戻らない。時雄の不安と嫉妬は膨らむ一方だ。姉との会話の中で、芳子の自由奔放な行動が明らかになり、時雄の監督の必要性を感じる。ようやく深夜に芳子が帰宅すると、時雄は彼女を自宅に引き取る決意を告げる。しかし、姉の前で本当の気持ちを問いただすことはできず、平凡な会話で夜は更けていく。

四の五:眠れぬ夜の煩悶

時雄は姉の家に泊まることにするが、芳子と田中のことが気になり、なかなか眠れない。隣の部屋で寝る芳子の気配を感じながら、時雄の心は依然として煩悶に満ちていた。深夜の静寂の中、時折聞こえる甲武の貨物列車の音が、時雄の落ち着かない心情を象徴するかのように響く。時計が一時を打つ頃になっても、時雄の目には一向に眠気が訪れない。

五:師弟関係の変化と恋の介入

五の一:芳子の新居

翌朝、時雄は芳子を自宅に伴った。二人は無言のまま佐内坂を登り、人通りの少ない道で芳子の状況を尋ねた。芳子は恋人が今夜の急行で帰ると答えた。

時雄の家で、二階の部屋を芳子の住居として整えた。塵を払い、障子を張り替え、庭の景色が見える明るい部屋となった。時雄は朝顔の絵を掛け、薔薇を生けた。荷物の到着と共に、時雄は一日かけて部屋の準備を手伝った。

五の二:師弟の対話

部屋の整頓後、時雄は芳子に勉強に励むよう勧めた。芳子は恋人との将来の希望を語り、時雄は慎重に行動するよう助言した。時雄は芳子の言葉遣いに違和感を覚え、現代の女学生気質の変化を感じた。

五の三:日常の変化

芳子の恋人は帰郷し、芳子は時雄の家で生活を始めた。二人は食事を共にし、夜は談笑した。芳子は英学塾に通い、時雄は仕事に戻った。時折、時雄は芳子と文学や恋について語り合った。

五の四:季節の移ろいと芳子の心情

九月から十月へと季節が変わる中、芳子は時雄からツルゲネーフの小説を学んだ。エレネの物語に自身を重ね、恋の運命について思いを巡らせた。芳子は恋人との思い出を振り返り、頻繁に手紙のやり取りをした。

五の五:平和の崩壊

ある日、時雄は芳子宛ての端書を受け取り、その内容に衝撃を受けた。晩餐後、芳子に事情を尋ねると、恋人が東京に来て文学の道を志すと知らされた。時雄は激しく反対し、芳子に恋人を止めるよう強く勧めた。しかし、既に手遅れであることが判明し、二人の平和な日々に再び波乱が訪れることとなった。

六:芳子の恋人、田中の上京と時雄の葛藤

六の一:芳子の恋人、田中の上京

芳子の恋人である田中が上京するという電報が届いた。芳子は一人で迎えに行くことを許されず、翌日旅館に田中を訪ねた。田中は京都に帰らないと決意を固めていた。芳子は田中を説得しようとしたが、田中は断固として自活の道を求めると主張した。時雄はこの状況に不快感を覚え、芳子の行動を疑い始めた。時雄の心は日々変化し、二人のために尽くそうと思う一方で、この状況を破壊したいとも考えた。

六の二:時雄の懊悩と細君の報告

時雄は芳子と田中の関係に悩み、対応に苦慮していた。細君は田中が家を訪れたことを時雄に詳しく報告した。田中は絣の羽織を着て、白縞の袴を穿いた書生のような姿で現れた。芳子と田中は二人で餅菓子と焼き芋を食べ、長時間高い声で話し合っていたという。芳子はその後、田中を神楽坂まで送っていった。時雄はこれらの報告を聞き、不快感を募らせていった。

六の三:時雄と田中の対面

時雄は田中の宿を訪れ、直接対話を試みた。田中は京都に帰れない理由として、制服や帽子を売ってしまったことを挙げた。時雄は芳子の将来を考えて説得を続けたが、話し合いは平行線をたどった。時雄は田中に対して、想像していたような秀麗な丈夫でも天才肌の人物でもないという印象を抱いた。時雄は自身の行動に疑問を感じ始め、馬鹿らしさや自身の意気地なさを自覚した。

六の四:芳子の願いと時雄の葛藤

芳子は時雄に、田中との関係を暫く黙認してほしいと願い出た。二人の間には汚れた行為はなく、惑溺することもないと誓った。時雄は渋々ながら承諾し、恋愛と人生についての教訓を芳子に与えた。霊の恋愛と肉の恋愛の違い、教育ある新しい女性の守るべきことなどを説いた。一方で、時雄は自身の立場と感情に苦悩し、若い二人の恋を世話することへの疑問を抱いていた。

六の五:状況の悪化と時雄の苦悩

芳子と田中の関係が深まるにつれ、時雄の苦悩は増していった。二人の逢瀬を完全に妨げることはできず、芳子が公然と田中に会いに行くことも止められなかった。時雄は執筆に集中できず、原稿の締め切りにも追われていた。酒に頼るようになり、家庭内の雰囲気も悪化した。芳子は時雄の乱暴な行為に心を痛め、なるべく田中との接触を控えようとした。最終的に、時雄は芳子に故郷の両親へ事情を報告させ、自身も芳子の父親に手紙を送った。時雄は「恋の温情なる保護者」を演じながらも、心の中では深い葛藤を抱えていた。

七:芳子の決断と時雄の葛藤

七の一:時雄の出張と家庭の状況

時雄は地理の用事で利根川畔に出張中だった。年末から現地におり、家族のこと、特に芳子のことが気がかりだった。正月に一時帰京した際、次男の歯の病気で妻と芳子が世話をしていた。妻から芳子の恋愛が深刻化していることを聞いた。田中の生活苦や、芳子との頻繁な行き来に妻が注意したことなどを知り、困惑した。

七の二:芳子からの手紙

時雄は芳子からの手紙を受け取った。手紙には、時雄の恩に感謝しつつも、両親の反対を押し切って田中との恋愛を貫く決意が綴られていた。芳子は図書館の見習生になる計画を立て、田中と二人で生きていく覚悟を示した。時雄への申し訳なさと、自身の決心への理解を求める内容だった。

七の三:時雄の反応と葛藤

時雄は芳子の手紙に衝撃を受けた。これまでの「温情の保護者」としての自身の態度を振り返り、芳子の両親への説得の試みを思い出した。芳子の決断に対し、義理知らずだと憤る一方で、二人の状況が危険な段階に達していることを懸念した。

七の四:時雄の内省と決意

利根川の堤防を散歩しながら、時雄は自身の家庭生活のさびしさや中年の苦悩を痛感した。芳子が自分にとって生活の潤いであったことを実感し、彼女を失う悲しみに涙した。同時に、芳子と田中の将来に対する懸念も抱いた。最終的に、この問題を真剣に解決する必要性を感じ、芳子の父親に宛てて手紙を書くことを決意した。

七の五:芳子の父親への手紙

時雄は芳子の父親に詳細な手紙を書いた。現状を説明し、父親としての主張、芳子の自由、そして自身の意見を交えて真剣に議論する時が来たと伝えた。父親の上京を強く要請し、この手紙が運命を左右すると感じた。最後に、手紙が届く様子を想像しながら、事態の進展を待った。

八:父親の来訪と芳子の苦悩

八の一:時雄の帰京と父親の到着

時雄は10日に東京に帰った。翌日、備中から父親が数日中に出発するという返事が来た。芳子も田中も特に驚いた様子はなかった。16日の日曜日、午前11時頃、父親は京橋に宿を取り、時雄の家を訪れた。父親はフロックコートを着て中高帽を被り、長旅の疲れが見えた。時雄は在宅しており、父親を迎え入れた。

八の二:芳子の困惑と父親との再会

芳子は風邪で医者に行っていたが、帰宅すると細君から父親の来訪を知らされ、動揺した。二階に上がったまま降りてこない芳子を細君が呼びに行くと、机に伏せていた。芳子は青ざめた顔で泣きながら、父親に会う勇気が出ないと訴えた。細君に励まされ、芳子は父親と対面した。髭の多い、威厳のある中にも優しさを感じさせる父親の顔を見て、芳子は涙を堪えきれなかった。父親は優しく芳子に声をかけ、家族の近況を伝えた。芳子は父親の優しさを感じながらも、自分の状況を説明できずにいた。

八の三:父親と時雄の会話

父親と時雄は芳子と田中の関係について話し合った。父親は来京の際の汽車事故の話をしながら、芳子のことを心配していたと語った。時雄は京都嵯峨での出来事や、その後の経過を説明し、二人の関係が純粋なものだと主張した。しかし、父親は田中の人物や経緯に疑問を持ち、結婚の許可には慎重な姿勢を示した。父親は娘を神戸女学院に入れたことや、東京に出したことを後悔していた。時雄は父親の考えを理解しつつも、二人の関係の真剣さを説明しようとした。

八の四:田中との対面と議論

田中が呼ばれ、父親と時雄を交えた話し合いが行われた。父親は田中の態度に不満を感じつつも、冷静に状況を説明した。田中は京都への帰還を拒み、東京での生活を続けたいと主張した。父親は田中に対し、芳子のために犠牲になることの重要性を説いた。時雄も加わり、三年間の猶予期間を提案した。議論は平行線をたどり、最終的な決断は先送りされた。田中は親友に相談し、後日返事をすると約束して帰った。

八の五:疑惑の深まりと芳子の動揺

田中が帰った後、父親と時雄は二人きりになり、田中の態度や人物について批判的に話し合った。時雄は芳子に証拠となる手紙の提示を求めたが、芳子は手紙を焼いたと答えた。この返答に時雄は動揺し、芳子の誠実さに疑いを持ち始めた。芳子の顔が赤くなり、困惑した様子が明らかだった。時雄は激しい口調で芳子を責め、嘘をついていると非難した。芳子の態度は更に時雄の疑惑を深める結果となった。時雄は欺かれたという思いに苛まれ、芳子との信頼関係に亀裂が入り始めた。

九:時雄と芳子の葛藤と別離

九の一:時雄の内なる苦悩

時雄は芳子の秘密を知り、激しい煩悶に陥る。芳子の純潔を尊重してきたことへの後悔と、彼女への失望が入り混じる。夜通し眠れず、様々な感情が胸中を駆け巡る。芳子を自分のものにすべきだったという後悔や、彼女を卑しむ気持ちが交錯する。

九の二:芳子の苦悩と懺悔

翌日、芳子も苦悩の色を隠せない。食事も進まず、時雄との対面を避ける。夕方、芳子は時雄に手紙を書く。その中で自分を「堕落女学生」と称し、時雄を欺いたことを謝罪する。新しい思想を実行する勇気がなかったと告白し、時雄の憐れみを請う。

九の三:時雄の決断と別離

時雄は芳子の手紙を読み、激しく動揺する。彼は芳子に帰国を命じ、二人で芳子の父親のもとへ向かう。父親との話し合いの結果、芳子の帰国が決まる。時雄は芳子を引き取ることを提案するが、父親に拒否される。最終的に、時雄は芳子を父親に預けて帰宅する。

十:別れの時

十の一:田中の最後の訪問

田中は翌朝時雄を訪ね、帰国できない事情を説明しようとした。しかし時雄は既に芳子から全てを聞いていた。時雄は二人が自分を欺いていたと告げ、芳子を父親の監督下に置いたと伝えた。田中は羞恥と激昂、絶望に襲われ、言葉もなく立ち去った。

十の二:芳子の帰国準備

午前10時頃、芳子は父親と共に時雄の家を訪れ、帰国の準備を始めた。時雄は複雑な感情を抱きつつも、父親と書画の話に興じた。田中が再び訪れ、芳子との面会や連絡先を求めたが、時雄は全て拒否した。

十の三:別れの食事と芳子の涙

昼食時、芳子は食事を拒否し、二階で荷造りを続けた。時雄が説得に行くと、芳子は泣き出した。時雄も胸を痛め、慰める言葉も見つからなかった。

十の四:出発の時

午後3時、三台の車が到着し、荷物を積み込んだ。芳子は細君と別れを惜しみ、必ず戻ってくると約束した。三人の車は牛込の町を出発し、麹町通りを日比谷へ向かった。

十の五:停車場での別れ

新橋駅で、三人は混雑する待合室で時間を過ごした。時雄は芳子のために切符や軽食を用意した。プラットホームで父親と芳子は列車に乗り込み、時雄は窓際に立って見送った。発車間際、時雄は芳子との縁や将来について思いを巡らせた。列車が動き出し、三人の別れが訪れた。

十一:別れの後の空虚と哀愁

十一の一:時雄の家に戻った寂しい日常

時雄の家に再び寂しく荒涼とした生活が訪れた。子供を叱る細君の声が耳障りで、時雄に不愉快な感覚を与えた。生活は3年前の元の状態に戻ってしまった。

十一の二:芳子からの手紙

5日目に芳子から手紙が届いた。普段の親しみやすい文体ではなく、礼儀正しい候文で書かれていた。芳子は無事に帰宅したこと、時雄への感謝と謝罪の気持ち、別れの際の様子、雪深い山道を通って帰郷した様子などを綴っていた。

十一の三:時雄の思い出と悲しみ

時雄は芳子が帰った後の二階に上がり、彼女の残した痕跡を探した。机の引き出しから古いリボンを見つけ、匂いを嗅いだ。襖を開けると、芳子が使っていた蒲団と夜着が重ねられているのを見つけた。時雄はそれらに顔を埋めて、なつかしい女の匂いを嗅ぎ、激しい感情に襲われた。

十一の四:絶望の中の時雄

性欲と悲哀と絶望が時雄の胸を襲った。彼は芳子の蒲団に横たわり、夜着をかぶって泣いた。薄暗い部屋の中で、外では風が吹き荒れていた。

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