見出し画像

サイクルトレイン・サイクルバス導入の手引きを読んだ

2023年5月、国土交通省が「サイクルトレイン・サイクルバス導入の手引き」を公開しました。

この手引きは、国内のサイクルトレイン・サイクルバスのサービスが拡大・充実していくように、鉄道事業者やバス事業者等に向けて作成されたものです。

手引きでは、主にサイクルトレイン・サイクルバスの
・導入の目的やメリット
・法的な位置づけ
・国内外の事例
が整理されています。

手引きを読んで、これまで数えきれないほど国内で輪行をし、海外でも自転車に乗ってきた自身の立場から、「良いな~」と思ったことや「もっと情報がほしい…!」と思ったことをまとめてみました。
セルフパブリックコメントです。


良いなあ、と思ったこと

まず、ざっと読んでみて、良いな~と思ったことが2点ありました。
それは、
・自転車持ち込みの目的や利用者層を体系的に整理した
・日本よりもはるかに進んだ海外の自転車事情を国の立場から示した

ことです。

・自転車持ち込みの目的や利用者層を体系的に整理した

例えば、「レジャー目的であればスタンドの無いスポーツバイクが多いため、車体を支えるラックが必要になる」、「日常利用であれば車体の重いママチャリが多いため、ホームまでの動線確保が重要になってくる」といったように、目的や利用者層によって求められる設備・サービスは大きく異なってきます。

これまで自治体の資料や専門誌では、様々なタイプのサイクルトレインが一挙に紹介されていることが多いように感じていました。
そして、そこで紹介される自転車用の設備も、どこまで自転車の種類・特性を考慮しているのだろうか、と思うことが多々ありました。

このような状況で、自転車持ち込みの目的や利用者層を体系的に整理したことは、今後、サイクルトレイン導入を検討する際のベースの知識となるため、非常に意義があると思いました。

・海外の自転車事情を国の立場から示した

かつて私が海外で自転車に乗った際、何度も列車に自転車を持ち込みました。
そして、制度面や環境面での日本との違いに強い衝撃を受けました。
(その時の様子を記事にまとめています↓)

このような海外の情報は、専門誌の投稿記事や有志によるブログ記事等で紹介されることがほとんどで、日本の交通事業者や自治体が容易にアクセスできないように感じていました。
それだけでなく、ごく限定的で海外に比べて非常に不便な国内のサイクルトレインの事例ばかりが大々的に広報されていて、国内のサイクルトレインが悪い意味でガラパゴス化しているような印象すら感じていました。

そんな状況で、このような海外の事例集を国交省という国の組織が示したことで、誰もが容易に情報にたどり着け、参考にしやすくなったことは非常に意義があると思いました。

もう少し情報が欲しい…!と思ったこと

一方で、「もう少し……もう少し書いて欲しかった……!」というところもありました。

自転車普及の目的が限定的

膨大な量・規模の自転車インフラの整備に代表されるように、ヨーロッパの自転車政策は日本に比べて強力に推し進められています。
これには環境問題(地球規模から都市空間まで)への対応や市民のQOL向上に、自転車の普及(クルマ利用からの転換)が効果的であることを行政が強く認めているといった背景があります。
海外の自転車事情を調べていると、自治体や事業者がそのような社会貢献に使命感を持って取り組んでいる様子をひしひしと感じます。

一方、日本では、自転車普及の効果が広く見込まれておらず、自転車の通行空間整備よりもクルマの渋滞対策が優先されているように、自転車利用推進の施策もそこまで強力に取り組まれていません。
手引きで挙げられたサイクルトレイン導入(=自転車普及)の目的・効果も、同じように限定的なものに留まっていました。

サイクルトレイン・サイクルバス導入にあたって整理された視点
出典:サイクルトレイン・サイクルバス導入の手引き(https://www.mlit.go.jp/road/bicycleuse/bikesonboard/pdf/all.pdf)

自転車普及に大きな意義を見出している価値観をベースに成立した海外の事例をわざわざ紹介するのであれば、手引きでも自転車普及の目的・意義を大きくアピールして、事業者に強くインセンティブを与えた方が良いのではないかと思いました。

海外事例の紹介が物足りない

手引きは「国内の参考事例集」という副題があり、海外の事例が写真とともに数多く載っています。
しかし、その事例が量・質ともに不足しているなと感じました。

・事例の不足が否めない

突然ですが、日本のサイクルトレインの中でも、特に嫌いな光景があります。

出典:サイクルトレイン・サイクルバス導入の手引き
(https://www.mlit.go.jp/road/bicycleuse/bikesonboard/pdf/all.pdf)

これ、自転車のせいで3席が潰され、扉や通路の動線も塞がって邪魔ですよね。
それなりに人が乗車している時間帯では、デッドスペースが大きくてとても効率が悪いです。
また、いちいち手で自転車を支えなければいけないのは不便です。
グループで乗車した場合は、散り散りに座るためまともに会話もできません。

果たしてこれを快適な乗車体験と言えるのだろうか、より便利で快適なクルマ利用をやめてまで乗りたいと思うのだろうか、と、常々思っていました。

そんな時にヨーロッパで出会った光景がこれでした。

折り畳み座席をフルに活用した車内(ドイツ)

座席が折り畳みタイプのため、自転車がいなければ多くの人が座ることができます。
座席が折りたたまれている時はスペースが生まれるため、自転車を数台重ねても通路を塞ぐことがありません。
また、座席の上からベルトを引き出せるため、自転車を重ねていてもしっかり固定することができます。

個人的には、日本の地方の鉄道の
・高齢者が多く必ず座席が必要
・厳しい経営状況のため、少ない車両・便数で効率的な輸送が必要
・車体の重いママチャリが多く、上から吊り下げるラックを使えない
という条件に合った座席タイプだと思いました。

しかし、国交省の手引きではこのタイプの座席は載っていませんでした。
それどころか「海外では(中略)固定ベルトなどは使われていません」(p.20)とまで記載されています。

おそらく国交省の職員や手引き策定業務の委託先の技術者が海外視察に行っているはずです。
一度もこのタイプの車両に出会わなかったのでしょうか…?

私は特殊な路線に乗ったわけではなく、この手のタイプは広く普及した車両だと思います。
次回の改訂では、海外の事例がより充実したら良いなと思っています。

折り畳み席+固定ベルトタイプはドイツでもスイスでも見ました

・現地の空気が伝わりづらい

海外では、列車に自転車を持ち込むのは、スーツケースを持ち込むのと同じくらい手軽にでき、実際に多くの人が自転車を持ち込んでいます。

都市部であれば1回の乗車で大体1台は自転車を見ます

現地でその状況を見て体感しただけでも、海外と日本の環境は天と地の差であることを知り、改善が必要だと思うようになります。
(実際、自転車の知識がそこまで無い妻と事前説明もなしに北欧に行ったところ、「日本って自転車使いづらいんだね」と言われました。)

なので、極論を言ってしまえば、日本の全ての自治体の担当者や鉄道事業者が海外に行けば良いのですが、もちろん現実的ではありません。
今回策定された手引きは、そんな視察代わりになるような、現地の状況を伝える資料としての役割もあると思っています。

しかし、手引きの中では、海外の事例写真がただ並べられているだけで、現地の空気が全く伝わってきません。

“【参考】”と言われても「どう参考にすれば良いんだ…」と思いました
出典:サイクルトレイン・サイクルバス導入の手引き(https://www.mlit.go.jp/road/bicycleuse/bikesonboard/pdf/all.pdf)

それぞれの写真がどのようなものなのか、どのような使われ方をしているのか、といった最低限の説明は欲しいな、と思いました。

・海外事例の体系的な整理も必要

鉄道と一言に言っても、ICEのような長距離の国際列車やSバーンのような都市内の列車、はたまたトラムなど、様々な列車があります。
また、手引きでまとめているように、自転車を持ち込む利用客にもレジャー利用であったり日常利用であったりと、様々な層がいます。
また、オランダやデンマークではママチャリのような自転車が広く普及している一方、ドイツやフランスではスポーツバイク(特にMTB)が比較的多いなど、国や地域によっても主流の自転車は変わってきます。

私がヨーロッパで見た限りでは、列車内の自転車持ち込みスペースは、それぞれの地域の利用者層や利用状況に適したものになっていました。

ママチャリのような車体が重い自転車が大量・高頻度で乗り込む都市近郊列車(デンマーク)
上から吊り下げずに車輪を挟んで固定、スペースを広く確保(その分、座席は折り畳み式で数を確保)、混雑防止のため車内の動線を一方通行化といった構造で対応
山間部でスポーツバイクの利用が多く、長距離運行で自転車の数・出入りが少ない列車(スイス)
上から吊り下げて固定、ラックの数は少なめで、指定席のため折り畳み座席は設けず

日本の鉄道でも、路線によって様々な種類の利用者がいるし、自転車に特化した観光列車や日常的な通勤列車など、様々な列車が運行されています。
そんな事業者に説明不足の海外事例を提示しても、現地のこともよく分からないのにどう参考にしていいか分からないと思います。

事業者が本当に参考になる事例を探せるように、また、事業者が適材適所の整備をできるように、海外事例を体系的に整理してほしいな、と思いました。
ド素人の私でも地域別の違いが分かったので、手引きを策定した職員や技術者のような専門家であれば、体系化は容易ではないかと思います。(というか、現地で体感しているはずです)

結局、1番思ったこと

日本では自転車を持ち込める列車のことを「サイクルトレイン」と呼んでいます。
しかし、海外では(少なくとも私の行った欧米では)そんな言葉はありませんでした。
というのも、列車への自転車の持ち込みが当たり前過ぎて、わざわざサイクルトレインだなんて区別して呼ぶ必要が無いからです。

手引きのタイトルにサイクルトレインという言葉が入っていること自体が、この国の自転車の使いづらさを象徴しているようで、なんか嫌だなあと思いました。

海外水準の自転車利用環境が早く整備されて、日本でサイクルトレインという言葉が無くなる日が早く来てほしいな、というのが、今回最も強く思ったことでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?