見出し画像

一匹の鮭(読み切り)

サァァァァァ。

僕は、日本のとある清流の川で、産まれた。

気がついた時には、もう、卵から出て、泳いでいた。

川には、僕らしか、いなかった…………。


月日が流れ、僕は、川から海に出られるようになった。

海は、豊富な食べ物が沢山あった。

僕は、鮭の子供だった。

僕たちは、仲間たちと、大海原へ出掛けて、遠くの海まで泳いだ。

そして、大人になって、恋の季節を向かえた。

僕は、とりあえず、元居た川を目指す仲間についていった。

僕たちが産まれた川は、安全で綺麗で、安定していたからだ。

体の中のコンパスを使って、ニオイをたどりながら、ふるさとへ向かう。

「でも、僕は、このままで良いんだろうか?」

仲間たちは、どんどん川をさかのぼる。
勢い良く、女子も男子も。

僕も、負けないように、泳いでみた。

けれど、体がボロボロになっていく。

僕は、下流まで泳ぐのがやっとだった。

仲間は、どんどん、静かな上流を目指していく。

僕は、ふと、疲れて、1日、休む事にした。

仲間は、ほとんど、上流の方へ行ってしまった。

夜……。

僕が、休んでいると、上流の方から、何やら沢山の物体が流れてきた。

それは、今朝まで生きていた、仲間の鮭たちだった。

みんな、交尾を済ませて、川の流れに流されて、海の藻屑になっていった。

みんなの体は、痩せてこけていた。

そんな中、子作りも済ませて帰ってきた夫婦たちが居た。

僕は、その年、恐ろしくなって、上流まで川をさかのぼる気力さえ失くした。

僕は、沢山の仲間たちと川を泳いでいた最中、ふと、疑問に思った。

「僕は、一体、何をしているんだろう」

子孫を残すため。

それは、わかっている。

でも、なぜ?

なぜ、子孫を残さなければ、いけないの?

もっと、みんなと泳いでいたかった。

ふと、帰ってきた仲間の一匹が、僕に言った。

「お前は、きちんと子作りしなかったのか?」

って。

僕は、僕には体力がなかったから、と、言った。

「俺は、また、来年、子孫を残しに、この川にやってくる。またな」

そして、その彼は、去っていった。

僕は、複雑な気持ちになった。

そう言えば、僕は、両親の事を知らない。

きっと、仲間のみんなも。

なのに、どうして、離れ離れになっちゃうのに、子供を作るの?

「僕は、もっと、仲間と楽しく暮らしたかったのに……!」

仲間たちの亡骸(なきがら)を、他の動物がむさぼった。

熊や鳥、大きな魚や虫たちが。

僕は、泣いた。

「あぁ、なりたくもないし、あぁ、なって欲しくもない!!」

一年後、また、仲間たちが、川へ向かおうとしていた。

「なぁ、もう、やめようぜ?子孫残すために、川に行くのなんて」

「何、行ってんだよ。お前は、俺たちより、一年も先輩なのに、話によると、お前、子孫も残せず、下流であきらめたらしいじゃないか。しっかりしろよ」

「僕は、子孫を残す事だけが、魚としての生き方だとは、思わない!!」

「何を言ってるんだよ、俺たち、どうせ、何年も生きられないのに」

「生きられなくても、精一杯、楽しく生きたら良いじゃないか!!今まで、みたいに!!」

「だって、俺たち、子作りしてみたいし、したいし、それに、俺たちがあの川へ毎年、子供を作りに行かないと、別の奴らに場所を取られてしまうんだぜ?そしたら、それこそ、仲間の全滅じゃないか。子供を作り終わっても、生きて帰ってくる奴もいる。全員が死ぬわけじゃない。お前も、お前の子孫を残しておかないと、お前の子孫が全滅して、川の産卵場所を他の生き物や誰かに、取られちまうゼ?」

「僕は、そんな事、どうだって良い!」

僕の説得はむなしく、また、その年も、ほとんどの仲間が、死んでしまった。

僕は、嘆き悲しんだ。

どうして、僕は、魚なんだろうって。

そして、どうして僕は、鮭なんだろうって。

僕は、ヤケになって、下流の川の陸へ、わざとジャンプしてみた。

ビチビチビチ。

陸の上は、自由が利かず、息はしやすかったけど、とっても、動きづらかった。

その内、疲れて、その場に倒れたままになってしまった。

その場に、猫が忍び寄る。

「ニャア?」

僕は、初めて、猫という生き物の声を聞いた。

そして、がぶり、と、猫にかみつかれた。

「痛い!!」

僕は、尾びれで、猫の顔をはたき、川へ飛び込んだ。

猫に、かまれるって、あんなに痛かったんだ。

僕は、やる事もなく、いつもの海へ帰る事もしなかった。

どうせ、ほとんどの仲間が、死んでいるから。

行くのが、辛かったからだ。

僕は、思い切って、いつも行かない、南の方の海へ泳いでいく事にした。

しかも、たった一匹で。

せめて、南の海が、どんな所なのか、知りたい。

死ぬまでに。

南の海は、青くて、とても綺麗だった。

見た事もない、鮮やかな魚たちが、沢山いた。

彼らは、人間に飼われて、熱帯魚と呼ばれているらしかった。

でも、その熱帯魚たちも、何年も生きていると言うタイプは、居なかった。

僕は、孤独になった。

せめて、僕は、静かに死ねる、死に場所が欲しかった。

僕は、もぐれる深さの限界まで泳いだ。

すると、一匹の深海魚に出会えた。

彼は、もう、何十年も生きているらしかった。

鯨やシャチやサメの様な大型の魚じゃないと、長生き出来ないんだと、思っていた。

「ねぇ、深海魚さん。どこか、良い死に場所は、ありませんか?」

「この大海原の中に、そんな場所は無い。どこだって、サバイバルさ」

「そうですか、残念です」

「それに、死にたいなんて、思わなくても、その内、寿命で死ねるさ。少なくとも、俺たちみたいな深海魚よりは、お前さんのような魚の方が」

「僕って、変わってますか?こんな所に一人で死にに来ちゃうなんて」

「変わり者だとは、思うけど、それでも、うらやましいよ、長く生きているだけじゃ、大変な事や、辛い事の方が多いから」

「竜宮城なんて、本当にあるんですか?」

「あの世があるかどうか、聞くみたいに、聞くじゃないか。あれは、絵本の物語だ」

「竜宮城へ行けば、何かわかるかと、思ったんですけど」

「乙姫様に、会わなくても、人間と言うのは、魚よりもっと、大変らしいぞ?」

「人間って、2本足で歩く、陸の上の動物ですよね?あいつら、魚でも肉でも、なんでも、火を使って、焼いて食べるとか。恐ろしい」

「あはは、その人間たちには、仕事と言う物があって、毎日、寝たいだけ眠る事も出来ないらしい。でも、安全な寝床で、食べて、寝れるけどな」

「仕事って、なんですか?」

「仲間のために、尽くすって事だな。食べ物や寝床の代わりに」

「なるほど」

「人間は、陸の世界じゃ、80億人もいるらしい」

「うらやましい。人間だらけじゃないですか!」

「君は、仲間だと思うのか?」

「はい」

「人間に、仲間なんて居ないよ。仲間のフリをしているだけだよ。中には、本当の仲間だと思っている輩もいるみたいだけどね」

「まるで、僕みたいですね」

「君は、鮭だろ?潔くて、良い生き様をした魚だよね、憧れるよ」

「どこが、ですか?」

「あっさり、死ぬ所さ(笑)」

「僕は、そんな仲間たちだから、生きてて欲しかった。子孫繁栄なんて、どうでも良いから。もっと、自分自身を大切にして欲しかった!」

僕は、再び涙を流した。

「君は、来世、何に生まれ変わりたいか?」

「何にも、生まれ変わりたくないです!」

「なら、元、居た海に戻れば良い。せめて、最後くらい、自分自身が産まれた場所から、遠い場所で、永遠の眠りにつけばいい。せめて、いっしょにいて楽しかった仲間たちがいた海で」

「うっ……」

「そして、新しい命を産み出さない事。聞いた事がある話だけれど、人間が信じている、迷信に、子供を作ると、また、生まれ変わると言う噂がある。信憑性は薄いが、だからこそ、新しい命だけは、作らない様に死ぬ事。それが、君に出来る唯一無二の最善策だ」

「ありがとうございます。深海魚さん。僕、これから、元居た海を目指してみます!!でも、何だか、急に眠たくなって来ちゃいました」

「あせらなくていい。ゆっくり帰ると良い。どこで死んだって、死ねば、同じなのだから」

そうして、僕は、海の底へ沈んで行った。

暗く静かな、深海の中へ。




おしまい





無料記事しか書いていないので、サポート(投げ銭)には、この「note」というサイトに、無料会員登録が必要だと思います。お手数おかけしますが、よろしくお願いいたします。