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契約、命と若さの交換 12(思春期ブロッカー)


多目的教室で体育着に着替え、楓と集合場所の体育に向かった。
体育館に向かう廊下を歩きながら、さっき体育着に着替えた時のことを思い出していた。ほとんどの女子がブラをしていた。オレが昔の小学五年生だった頃の女子は、ブラなんてしていなかったような気がする。オレが知らないだけだったかもしれないけれど。

そんなことを考えながら廊下を歩いていたので、楓がオレに話しかけているのにまったく気づいていなかった。

「サクラ! ねえ、サクラ! 聞いてる?」

「あぁ、ごめん」

隣を歩く楓が心配そうにオレを顔を見ていた。

「何、体育は嫌いとか?」

「いや、昔をちょっと思い出して…」

「昔?……。よくわからないけれど、今日、一緒に学校帰ろう?サクラに話したい事あるんだ。鉄男のことなんだけどさ。」

(鉄男の事、なんだろう?)

「うん、いいよ。ついでに昨日海で借りた傘返せるかな。トイレでの事ならもう大丈夫だよ。間違えて男子に入ったオ…、私も悪いんだから…」

「傘はいつでもいいよ」

楓はそれ以上何も言ってこなかった。そして何か迷っているようにも見えた。

体育の授業はバスケットボールだった。

バスケをするクラスのみんなを見ていると、遊びの延長で上手なのは男子だけど、体力にまだ男女の差はないように見えた。
オッサンだった頃の動かない体と比べると、たとえ女子の体でも体が軽い。思う通りに体が動く。 
思いっきり両手をばたつかせたら、空を飛べるじゃないかと思うくらいの軽やかさだ。子供ってこんなに軽くて俊敏に動けたっけ? でも、ほんとに両手をばたつかせると、みんなから本当に頭おかしいと思われるから止めておいた。


今日の5時間授業が終わり、約束をしていた楓と一緒に下校した。

鉄男の事で話したい事があるといっていたけれど、なんだろう? そんなことを考えながら歩いていると、学校の門を出てすぐに楓が話を切り出した。

「鉄男のことなんだけど…。アイツがあんなになったのはオレのせいなんだ。たぶん」

黙って楓の次の言葉をまった。

「アイツはオレが男ぽく振る舞うのを嫌がっていて、また怒ってもいた。それでケンカもした。なんで鉄男がそこまで怒るのか、最近わかったことなんだけど、アイツ、女の子に生まれたかったみたい」

「はぁ~」

オレは驚いて、つい変な声を出してしまった。

(なに?オレと同じこっち側ってことなのか?)

「びっくりするでしょ?」

「うん、ちょっと予想外の話…」

トイレで押し倒された時、鉄男の目の奥に見えた悲しみはソレだったのか。雑巾を固くぎゅっと絞るかのうように胸の中が痛かった。

「鉄男はさ、オレが女の子として生まれてきたのに、男の振る舞いをするのが許せないみたい。お互い様って感じもするけど…。
アイツがいろいろと変わり始めたのは去年くらいからかな。それからケンカが増えた」

「楓、なんで私にそんな秘密、私に教えるの?」

「保健室でサクラがオッサンだったって話を聞いた時かな。もしかしたらアイツの力になれるじゃないかと思って」

「サクラにあんな事して許されるようなことではないけれど、鉄男のこと、許してあげてほしい。できれば友達になってほしい。無理かもしれないけれど」

たぶん鉄男は回りの同級生よりも早く思春期を迎えたのだろう。
これまで男の子と女ん子、見た目あまり変わらなかったのが、自分が男の子から男性へと変わっていく恐怖を現在進行形で感じているに違いない。

楓から鉄男の話を聞いて頭をよぎったのが、思春期ブロッカーと呼ばれる薬だった。たしか、何とかアゴニストって名前だったな。この薬を投与すれば第二次成長は一旦止められる。鉄男に考える時間をあげられる。

「楓、いろいろ教えてくれてありがとう。落ち着いたら、鉄男を話してみるよ。
えーとね、あとね、楓、私と友達なってくれる?」

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