巴里のアップルパイ

ティーキャディ

 シェイクスピア書店のすぐ裏手にある「ザ・ティー・キャディ」というカフェが気に入り、三日にあけず通った。カフェの前の公園には、巴里最古の木と言われるニセアカシアの木が生えていて、その木のエネルギーがカフェの中に静かに注がれているような気がするところも、お気に入りの理由のひとつだった。
 ただし、巴里の通常のカフェの相場から考えると、ちょっといいお値段である。しかも、テラス席はない。だが、扉を開けて入るここは、いつ出かけても、ロンドンの古い伝統的なホテルのティールームのような雰囲気で、一人で静かに過ごすにはもってこいのカフェだった。お茶を楽しんでいるお客さんも、チップス先生のような雰囲気の年配の男性が多かった。
 私のオーダーはいつも決まっている。チコリ珈琲かクリスマス・ティーとフルーツケーキである。
 カフェの奥のカウンターにはホームメイドのケーキが並んでいるのだが、そのどれもがおいしそうで、おいしそうで。ダークな晩秋の色合のフルーツケーキやチョコレートケーキは、直径30センチ、長さもまた50センチはあろうかというほどの大きさで、それをマダムが切り分けている光景は、物語の世界のようである。
 あるとき私は、その中にパイ皮がかぶさったものを発見した。器の上にパイ皮がこんもりとかぶさっているので、スープパイのようにも見える。あれは何なのだろう、とずっと気になっていた。そんなある日、私の隣のテーブルに座った女性のもとにそれが運ばれて来て、アップルパイだとわかった。
 おいしそうだなぁ、と見つめる私に気づいた彼女は、「これはとってもおいしいのよ」という仕草をしてみせてくれたので、ならば、とオーダーしてみた。
 ポットサービスのお茶と共に運ばれて来たアップルパイは、ティーポットよりも大きなアップルパイである。気になる値段は47F(当時)、およそ1000円である。このパイにはサワークリームの壺が添えられていた。
 パイ皮を崩しながら味わってみて気づいたのだが、これはまさしく『カモイクッキング』(鴨居羊子著)の中の私のお気に入り、マダムF直伝の林檎とサツマイモとレーズンのデザートそのものではないか。あのデザートを器に入れて、その上からパイシートをかぶせて焼けばこの店のアップルパイになるはずだ。レーズンも入っているし、サワークリームをつけながら食べるところもそっくりだ。
 早速、ここのカフェのすばらしさを日本の友宛の手紙に書いたところ、後日届いた返事に、ある雑誌にこの店のことが紹介されていたとあり、場所柄、常連客にはソルボンヌ大学の教授などが多いらしい、と書き添えてあった。なるほど、と納得した私である。
(下の写真は、アップルパイをオーダーした日のレシート)

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