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巴里のカフェ

 巴里のカフェのギャルソンをはじめとする人たちの接客態度は、全く粋ですてきである。
 私は、巴里のレストランやカフェで何度も何度もすてきな気分を味わったが、巴里の本を読んでいて、その秘密がわかった。ギャルソンたちは、その仕事をお金を払って買うのだそうだ。そう考えると、自分が担当するテーブルのオーナーは、彼ら自身ということになり、彼らのプロ意識に徹した仕事ぶりも、なるほど、と納得する。
 ある日、ノートルダム寺院のそばのカフェを出て、サンミッシェル通りを歩いていた友人と私は、カフェでスイーツをオーダーしなかったことを早くも後悔していた。もう一軒立ち寄りたいのはやまやまだが、もう十時を過ぎていたので、どこか開いているお店でテイクアウトしましょう、ということになった。
 サンジェルマン通りまで歩いたとき、いつも待ち合わせに使っているカフェにあかりがついているのが見えたので、中に入ってみたが、ショーケースにケーキはなく、スタッフの女性が掃除を始めていた。だが、突然入って来た私たちも見ても嫌な顔ひとつせず、どんな用かとにこやかに尋ねてくれた上に、私たちがケーキを買いたかったことを告げると、「もう店は閉めたが、これとこれなら用意出来ますよ」と親切に答え、厨房の男性を呼んできてくれた。
 そして、私たちがそれぞれ違うケーキを2つずつ注文すると、「ちょっと待ってね」と彼は奥に消え、ケーキを箱に詰めて戻って来た。
「これはあなたたちにプレゼントするから、持って帰りなさい」
 そう言って、ケーキを優しく手渡してくれたのである。
 本当にいいんですか? と言う私たちに、「もうレジは閉めてしまったからいいのですよ」とにっこり。
 ほくほく気分でケーキを持ち帰ったのだが、全くすてきな気分だった。こうした態度や言葉は、その時だけではなく、ケーキを持って歩いている間も、バスに乗っている間も、家に帰ってからも、私を幸せな気分で包んでくれた。
 その記憶は今も私の中にとどまり、思い出すたびに香るのである。




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