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続・La Charlotte de l'Isle

 或る日の午後、メトロの7番線に乗り、Sully-Morlandでおりてみた。この日はここからセーヌを渡り、サン=ルイ島まで歩いてみようと思ったのだ。だが、地上に上がってみると、さっぱり方角が分からない。道路案内を見ながらどっちの方角かなぁ、と思案していたら、若い女性が「どうかしましたか」と声をかけてくれたので、「サン=ルイ島に行きたいのですが」と言うと、「この道をまっすぐに歩くと橋があるので、そこを渡ればサン=ルイ島ですよ」と教えてくれた。笑顔のすてきな女性だった。
 教えられた通り、しばらく歩くと橋が見えたのでそこを歩いてサン=ルイ島に渡り、サン・ルイ・アン・リル通りをぶらぶら歩く。途中に黄色いポストに手紙を二通投函する。
 歩きながら、この通り沿いにある小さなピンク色のカフェでティータイムにしましょう、と心の中で小さな決心をする。キュートなサロン・ド・テ、シャーロッタおばさんの店だ。
 ピンク色のドアを開け、中に入る。そうそう、この感じ、誰かの家に招かれたようなあたたかい雰囲気。私は奥の小さな部屋の隅の椅子に腰かけ、薔薇の紅茶とチョコレートケーキをオーダーした。
 やがて運ばれて来たケーキとお茶は、初めて来たときと同じ、銀色のトレーの上におままごとのように可愛らしくセットされている。
 薔薇のお茶が入った鉄瓶、ぐい吞み風のティーカップ、銀製のウォータジャグ、そして花の飾りのついたお皿にはチョコレートそのもののような濃厚なケーキ。ふぅ…しあわせ。私は絵本のようなティータイムを楽しみながら、バッグの中からアエログラムを取り出し、友人宛に長い長い手紙を書いた。書きながら時折目を上げると、シャーロッタおばさんと目が合い、そのたびににっこり微笑んでくれた。
 巴里のカフェでは、こういう「微笑み合う」瞬間が多くある。オーナーとだったり、お客さんとだったり……。目が合えば微笑みかけるというすてきな習慣があるようだ。
 小一時間程ティータイムを楽しんだ私は、店を出て再び通りを歩き、先日、岩塩を買ったレピスリーに立ち寄り、手づくりのジャム(フランボワーズのジャムとバナナのジャム)とハーブを購入した。
 しばらく歩くとセーヌ沿いの道に出た。左手にはセーヌ河、右手にはノートルダム寺院という絶好のロケーションである。時刻は午後7時過ぎ。少し暗くなり始めた巴里の街のあちこちにはあかりが灯り始め、セーヌの河面にはそのあかりが映ってとてもロマンティックだ。
 私はふいに人恋しくなり、あぁ、私は今、一人で巴里にいるのだなぁ、という思いが込み上げてきた。そのとき、河の向こうにシェイクスピア書店のあかりが見えた。この橋を渡り、あそこに行けば私の知っている人たちがいて、いつでもあたたかく迎えてくれる。そう思うと、わけもなく切なく、わけもなく嬉しかった。
 この思いを噛みしめながら橋を渡り、書店をのぞくと、店主のジョージが両手を広げて出迎えてくれ、さんざんの誉め言葉で私を嬉しがらせてくれ、見知った顔の人たちが声をかけてくれた。

 この夜、私は、この日の思いを友人宛の手紙にしたためた。後日、彼からの手紙には、それはセンチメンタルになるにはとてもいい理由だよ、とあった。
 何てすてきな巴里。何てすてきなシェイクスピア書店、何てしあわせな私! ハッピーな三角形が私の心に湧き上がって来た。
(写真は、巴里のスクラップブックに貼ってある、La Charlotte de l'Isleのショップカードとフライヤー)

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