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青いエアメール・アエログラム


 アエログラム・スィル・ヴ・プレ。
 私がパリで頻繁に使ったフランス語の一つは、このフレーズだったと思う。巴里滞在一週間も過ぎる頃になると、ヴァン・タエログラム・スィル・ヴ・プレに変化して行ったが、それはアエログラムにすっかりはまってしまった私が、まとめて購入するようになったからだ。もっとも私の場合、知っているフランス語はほんの少しだったので、必要最低限の言葉だけを覚え、使っていた。だから、見方を変えれば、これは私にとって必要な、そして重要なフレーズだったことになる。
 私が郵便局の窓口でこう言うと、ウイ、と言って、郵便局員は奥の部屋に消えてゆく。そして、アエログラムの青い束を持って席に戻り、お札の束を数えるようにして枚数を数え、笑顔で渡してくれる。
 私はこの青いエアメールが好きだ。色がいい。デザインがいい。ペラペラとした紙質がいい。そして、これは三つ折りになっていて、広げるとメッセージを書くスペースがたっぷりある。便箋3枚分はゆうに書けるんじゃないかと思う。それでも往々にして書くスペースが足りなくて、封筒の裏まで使って書いたりした。
 裏に何を書くかと言えば、中に書き忘れたメッセージやあふれる思いの続き、食べたもののイラストや購入したもののイラストなど。時にはシールを貼ってみたりもした。アエログラムを拡げると、書きたいことがあふれて来る。ほんとうに不思議。
 堀内誠一さんはこのアエログラムについて、『パリからの手紙』の中で、「そのうち、この青い紙というのがすっかり気に入ってしまいました。ヨーロッパの、特にパリの空気管というものがなかなか良く出てくれる色なのです」と書いている。私もそう思う。
 ポンピドーセンターの中にある郵便局でアエログラムを買おうとしたときのことである。そこにはアエログラムは置いていなくて、別の封筒をすすめられた。それならば結構です、と答えた私に、この封筒もアエログラムも同じことですよ、と局員の男性は不思議そうに言ったが、アエログラムの色とデザインが好きなので、と言うと、なるほど、と笑顔で納得してくれた。
 私はこのアエログラムをいつも持ち歩いていて、カフェやバスの中、コインランドリーでの待ち時間など、ちょっとした合間に手紙を書いた。私のあふれる思いは、この青いエアメールの上にロマンティックに着地してくれる。しかも、巴里の空気は手紙を書く気分を一層豊かに盛り上げてくれる。巴里ほど手紙を書くのにふさわしい街があるだろうか。

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