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ハードボイルドとオフビート

 オフビートという言い方は、オンビートがあってこそのものだ。2拍目4拍目などと書いてある説明があるが、それは誤り。拍に乗っているならオンビートに決まっている。だいいち、1拍3拍の強と2拍4拍の強の違いだったら、全体がずれるだけ、ないし、メロディーがアウフタクトになるだけで、違いは生じない。

 ところが、実際のオンビートとオフビートは、メロディなしでも、耳で容易に区別できる。というのも、ロックやタンゴがオンビートよりさらに前にのめるアップビート(ヒッカケ)系であるのに対し、ジャズやスカのオフビートは、むしろバックビート(日本語で言うタメ)を特徴としている。つまり、裏拍以上にアタックの位置が遅れているのだ。

 オフビート映画というと、ジャーミッシュ、カウリスマキ、コーエン兄弟あたりが有名だが、彼らに強い影響を与えたその嚆矢は、なんと言っても日本の小津安二郎だろう。熱海に行けば、隣室は深夜まで宴会騒ぎ。それでいて、老夫婦は、よく寝られなんだ、いやいびきをかいとった、そうですか、という調子。これって、深夜の隣室の宴会騒ぎに対する一般的なリアクションを外すことで、東京のオンビートから外れた夫婦の人柄や生き方を表現させしめている。

 ハードボイルドも、そのハードさは、オフビートによってできている。もちろん小津のオフビートと、ヘミングウェイのオフビートは種類が違う。それは、同じオフビートでもジャズとスカが異なるのと同じことだ。しかし、重要なのは、そこで読者が先駆的に予測する一般的なリアクションをことごとく外していくことによって生まれるオフビート感であり、そのことは両者に共通している。

 よくハードボイルドはストイックだと言われるが、ほんとうにそうなのか。たしかに、女の方から寄ってくると、冷たくあしらったりするが、フィリップ・マーロウだって、出てくるすべての女にちょっかいを出しているし、マイク・ハマーなんか、やりたい放題だ。人に聞かれりゃ、ほっといてくれ、オレにかまうな、とか言って答えないが、そのくせ、聞かれてもいないことを読者にはベラベラとしゃべりまくる。こんなの、ぜんぜんストイックではない。ようするに、つねに人の期待を外しているだけだ。

 また、ハードボイルドというと、荒っぽい俗語調の言葉遣いというイメージがあるが、実際は、昨日挙げた例のごとく、その会話は、極めて知的なウィットとレトリックに満ちている。バカじゃ、聞き込みが勝負のプライベート・デックなんかやってられない。にもかかわらず、この知性が和製ハードボイルドには欠けている。ただの暴力バカばっか。伊達や真田なんか、絵に描いたような、外づらだけのエセインテリだし。

 むしろ見てくれは粗野でも、しゃべくりが光ってこその隠れた知性。でも、それには、作家にそれだけの知性がないと。ハードボイルドのオプは、マーロウが典型であるように、むしろ超エリートの優男のくせに、人生のすべてにおいて偽悪的なドレスダウンをしているオフビートが魅力なのであって、暴力男がおとなしいサラリーマンのフリをしている、などというのは、オーディナリーな反社会的性格者の、よくあるオンビートのパターンにすぎない。

11/10/2009

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