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笹子トンネル天井板落下事故



みなさんは
2012年12月2日午前8時3分に起きた



『笹子トンネル天井板落下事故』

をご存じですか???

Wikipedia参照







下敷きになった自動車のうちの1台が母の兄の車でした。



母の兄は即死ではなく、事故直後に同僚に
助けを求める電話までしていましたが
救出時には既に亡くなっていました。




天井が落下したことによる
死亡事故は過去にないらしく
突然の出来事に母がかなり動揺していたのを
今でも鮮明に覚えています。




毎年1月3日に新年会を祖父母の家で行うのが
家族の中の恒例イベントで
そこで伯父さんとも何度か顔を合わせていました。







その時期高校1年生だった私には彼氏がおり
ほとんど学校にも行っておらず
家にも帰っていなかったことを
私は今でもずっと後悔しています。




あの時もっと母を支えることが
出来たのではないか、優しい言葉を
かけることが出来たのではないかと…







毎年行われている慰霊祭は朝早く、
前日には中日本の方に高級宿を取って頂き
親族として私も宿泊をしています。





でも毎年複雑な気持ちでいっぱいになります。



タダで泊まれる高級宿も
高級料理も伯父さんが亡くなったから
経験出来ていることで
心の底から喜んでいいものなのか…





母や祖母は、私や妹を気遣って
美味しい美味しいって頂けばいいんだよ。
堂々としていればいいんだよ。と言ってくれます。





慰霊祭が始まった当初から祖母は
迎えに来るドライバーさんや中日本の方達に
『お昼一緒に食べませんか?』と言って
ご馳走したり、いつも綺麗なお花をお供えしてくれてどうも有難うございます。
とお礼を言ったりしています。




私は、【 素敵な祖母を持ってよかった 】
という気持ちと【⠀不思議な気持ち 】の両方の感情を持ちます。




だって、天井板を支える吊り金具をつなぐボルトさえついていれば、確認していれば
この事故は起きなかったのに…



自分(祖母)の息子は死ぬことはなかったのに…





そんな残酷な事故の被害者でありながら
『きっとそういう運命だったんだね』と
歯を食いしばって生きるたくましい姿が私には眩しくて眩しくて…







つづく

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