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八百万の神様

日本には、海や山など自然現象、学問、商売、縁結びの神様や貧乏神など日々の暮らしのなかに神様の存在がある。
その多種多様さから、八百万(やおよろず)の神がいるといわれている。

僕の人生のそこかしこで、神様とかかわりがある。そのなかでもとりわけ神社が傍らにある。

安産の祈願で水天宮。
お宮参り、初節句、七五三で鎌倉宮。
空手の全日本大会の必勝祈願で鶴岡八幡宮。
小中高大学受験のときは荏柄天神社と、ここまでは子どものための参拝。

僕はというと、幼少期は地元横須賀の雷神社の露店でリンゴ飴を頬張り、修学旅行では「見ざる・言わざる・聞かざる」の日光東照宮で竜の鳴き声を聴き、銭洗弁財天でお金を洗い、ついでに佐助稲荷にも足をのばす。

極真空手創始者の大山倍達総裁の碑があり、狛犬がニホンオオカミで有名な、秩父にある三峯神社では滝に打たれながら正拳突きおこない、夏期合宿では甲斐の武田神社まで早朝ランニングと、ここまでで十(とお)ある。

そうそう、『永遠の0』に頬を濡らし、靖国神社も参拝した。もちろん私人としてだ。(当たり前か)

じつのところ、子どもの行事を優先したため、口には出さなかったが、祭神が実在した人間だとちょっと──というのがある。

できれば『古事記』や『日本書紀』に登場する神様だと最高だ。

雷神社は火雷大神(ほのいかづちのおおかみ)
三峯神社は、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)
銭洗弁財天、佐助稲荷も神話のなかの神様が祀られている。

水天宮は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)の神話と実在している3人のハイブリッド
と、ここまではセーフ。
ほかは「○○アウトー!」だ。(すみません)

お墓参りや、初詣に行くとなんとなくスッキリする。つくづく気の持ちようだと思うのだが、当人が良ければそれでいいのだ。

昨年来、良いことが続きすぎて、なんだか気味が悪いと思っていると、見事に財布を失くした。
ホント、うまくバランスが取れているものだ。
逆にホッとして、気持ちもフラットになった。

だが、これ以上は蒙御免と会社帰りに同僚をつかまえ、日本橋に鎮座する小網神社に向かう。
付き合いが良い彼にはいつも感謝している。

小網神社は、東京大空襲でも焼けずに残ったことから厄除けで有名だ。
昼夜問わずパワースポットとして人気で参拝者が絶えない。

倉稲魂命(うかのみたまのみこと)と 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)が祭られている神話系でこれもクリア。

手水で、手と口を清め、二拝二拍手一拝を終え、参道は神様の通り道「もっと端っこ歩きなさいよ」と真ん中を避けて、鳥居を出ると厳かな気持ちになる。「あー、スッキリした」

旧暦十月は、全国の八百万の神様が、大国主大神のもと、出雲大社に集まるので神無月という。
一方、一堂に会する島根県は逆に神在月と呼ばれる。

そういえば、島根県は大学生の息子が住む山口県の隣県。目と鼻の先だ。
10月になんか予定を作って……

「そうだ、出雲に行こう」












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