いじめられっ子が空手で手に入れたもの

息子が通っていた道場の1学年上に当時小学1年生のY君がいた。
体は大きく、優しい顔している少年だ。
親御さんはと言うと、ほぼ同世代が多い印象の保護者と比べると、おそらく10歳近く年長ではなかろうかと思えた。
遅くに授かった一粒種。可愛いさは、ひとしおであろう。

稽古が終わり、バスに乗ってから降りるまで、ずっと携帯電話を繋いだままでいるように指示をする母親。
Y君は甘やかされて育った。
そんな彼を幼稚園の悪ガキどもは、見逃すはずはない。イジメの標的になるのに時間はかからなかった。
子どもはある意味、動物と同じだ。強いものは襲わない。

心配した両親は小学校受験をさせ、無事に合格。
ほっとするのも束の間、新しい小学校には柔道を習っているイジメの首謀者が入学していた。
心配した両親は、藁にもすがる気持ちで極真空手の門を叩く。
顔を殴っては駄目だが蹴るの有り。
体は急所以外の直接打撃が許されるフルコンタクト空手だ。

道場には同学年で体格は劣るが鋭い眼光の少年がいた。
そしてその子の標的になる。
着替えているときに蹴られたり、殴られたり……
作り笑いをするY君、見学している保護者は傍観者だ。
それもそのはず。ここは道場だ。学校じゃない。組手の稽古なら、思いきり殴っても蹴っても叱られない。
強くなれ。やられたらやり返せ。

真面目に稽古に通う彼は、見る見る強くなる。その長身から放つ上段膝蹴りの威力はかなりのものだ。
そして、その少年との組手でY君はリミッターを外すときが来た。
道場に遊びに来て弱いものいじめをしている彼と、「痛い、辛い、怖い」三拍子揃った稽古に真面目に取り組むY君とは比べるまでもない。
彼は組手中に泣き出した。

それから、しばらくして顔を腫らしたY君がいた。
「おい、Y。ケンカしたのか。もちろん勝ったんだろうな?」と師範。
「押忍、勝ちました!」

後日談として、お母さんから、例のいじめの首謀者とケンカになり勝利。
再び挑んできたが返り討ちにしたと聞いた。
こんな自慢話なら何度聞いても良い。

そして、努力は報われることを知った彼は道場を後にする。
常に研いだ刀を鞘に収め、いつでも抜けるY君をいじめる奴はいるはずもない。


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