成人公演2021 (1)


私にとって、卒業公演はある種の葬式だった。



もちろん他校の仲間と一緒に演劇やりたいとか、自分たちで公演をつくってみたいとか、そういう気持ちも大きかった。
でも私にとっては、高校3年生の冬に不本意な終わり方をした私の高校演劇、その呪いを、ちゃんと葬って思い出にしてしまうための儀式のようなものにもなる、はずだった。

できなかった。目に見えない脅威に捻り潰されて。かたちになる前に私たちの卒業公演は破滅した。
あの日、今でも覚えてる、目が眩む青空の下、リトとマヌカと私が公演中止を決めた日。
冬から私に纏わりついていた高校演劇の呪いは、亡霊になって私の中に棲みついた。

亡霊は私の後ろ髪をずうっと引っ張っていた。
怖くて振り向けない。
不完全燃焼で辛く苦しく穏やかでない最期だったとぼんやりと思うだけで、後ろを振り向いてその亡霊の顔を見ることが私にはできなかった。

あらゆる形の自暴自棄、心も体もぞんざいに扱った。それはたぶんもっと辛い思いをすれば過去を思い出にしてしまえると勘違いしていたからだと今では思う。


しらない間に春になって、夏になって、秋になって、冬になって、呪いにかけられたときから1年が経とうとしていた。
この頃に離れたひとと出逢ったひと、そのふたりが今の私を生かしていると、比喩じゃなく思う。
私の13年来の幼なじみと、私の好きな人。
彼女たちがいないと生きていけないわけじゃない。
でも、ふたりがいなかったら今の私はいない。
ふたりについてはまた別の機会に話そうと思う。


成人公演は最後のチャンスだった。

理由が欲しかった。振り向いて、亡霊の顔を正面から見て、胸ぐら掴んで殴り飛ばす正当な理由が。
言い訳と言ってもいい。
だれかにきっかけを作ってもらわなきゃもう、怖くてできなかった。


きっかけをくれたのはリト。
成人公演やるからスミアンジュもやろうって、そう言ってくれたリトに私は一生感謝していきたい。この公演は彼女がいなければ実現どころか始まりもしなかった。
リトのその声を私に届けてくれたのはマヌカだった。リトがやろうって言ってくれてる、どうかなってバイトの休憩中に。今思うとなんであのタイミング。でもマヌカから聞いたから二つ返事できたのかもしれない。彼にもやっぱり、感謝しかない。
卒業公演のときにもたくさんお世話になった先輩たちを何人も頼った。皆快く助けてくれて、相談に乗ってくれて、考えてくれて、それはあの頃の名残でもあるし、リトやマヌカや私たちのやろうとしていることを先輩たちがきっと愛してくれているからで、やっぱり、でてくるのはありがとうございますばっかりだった。

代表がいる。
メンバーも揃った。
場所や時間の目処もたった。
卒業公演のときには脚本を書いてもらってそれを演じていた、でもこんどは、わたしたちも書いた。
自画像と呼ばれるそれを、私は初めて書いた。

振り向いて、亡霊の胸ぐらを掴む時がきた。

はじめはぼんやりしていた。
長いこと目を逸らしていたからすぐにはピントが合わなかった。
だけど自分のことを書くうちに、先輩に送りつけてコメントや添削をもらううちに、だんだん色がわかって、輪郭がみえて、立体的になって、さいごには、目が合った。気がした。


亡霊は泣いていた。
えらばれなかったことを受け入れられなくて、不可抗力に押し流されて、自分の守り方もわからないまま傷ついて、ぼろぼろ泣いてたあの頃あの時の私。

それが亡霊の、亡霊だと思っていたものの、ほんとうの姿だった。



やっと気づいた。
後悔や、苦しみや、痛みや、怒りや、そういう感情が私の後ろ髪を掴んで離さないんだと信じて疑わなかったのに。
気づいてしまった。
あの頃の、高校演劇が大好きで、誇りで、きらきらしていたはずなのに、自分のことを好きになれたと思ったのに、最後の最後にどん底の気分で幕を下ろしたあの冬の私がまだそこにいたことに。


無理やり忘れようとする私のことを、亡霊はずっと引き留めていた。
今でも私は悪夢にうなされる。
覚えていないことも多いけど、覚えている限りでは、どうやら誰かに置いていかれることを怖がっているようだった。

亡霊は私だった。
置いていかないで、って私を引き留めていたのは、まぎれもないあの頃の私。
卒業公演で葬りたかったのは、怒りとか痛みとかそんなものじゃない。
あの頃の私を、あの頃の私のまま、選ばれなくてただ悲しかった気持ちのまま、葬ってやりたかった。



成人公演の目的、私の中にしっくりくるものが見つからなかったそれは、突然定まった。
2年前に迎えられなかった終わりを迎えに行くこと。
それができたらこの公演は、少なくとも私にとっては成功だと、はっきりと思った。

(2)につづきます。

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