鬼ごっこ

久しぶりに同級生と飲んだときの昔話に新鮮なリアクションができるくらいには地元での記憶がない
僕の人生は18で地元を出たときから始まったのではないかとさえ思うこともある

3歳の時に今の実家へ引っ越した
それまでは京都市内に住んでいたらしい
新居に引っ越したばかりの僕は遊んでくれる友達がいなかった
ある日、近所の子供たちが鬼ごっこをしている声が聞こえてきた
羨ましそうに窓からその様子を眺めていると、母が「一緒に遊んできたら?」と半ば強引に僕を家から追い出そうとした
当時の僕はかなり人見知りであったが、勇気を振り絞って、家の玄関を開けて外に出た
みんな僕より1つ、2つ上のお兄さんお姉さんばかり
何と声をかければ良いか分からず、もじもじしている僕に対して「一緒に鬼ごする?」とリーダー格っぽいお兄さんが声をかけてくれた
さすがお兄さん

優しくて頼もしいお兄さんのおかげで僕は鬼ごっこに参加させてもらえることになった
鬼は僕以外の人を狙うようにしてくれていたし、鬼以外のみんなも僕からあまり離れすぎないように気にかけながら逃げてくれていたのだと思う
みんなと一緒に鬼から逃げてるんだか、鬼と一緒にみんなを追いかけているんだかわからないような距離で、みんなから少し遅れてついていくだけで、今思えばまったく鬼ごっこにはなっていなかったのだけれど、それでも僕はみんなと一緒に必死に鬼から逃げていた

しかし、一番足の遅い僕がいつまでも捕まらないはずもなく
鬼が物陰に隠れてみんなに近づいているのに、僕一人が気づかず逃げ遅れて(今までもずっと逃げ遅れてはいたのだが)ついに鬼に捕まってしまう
今度はみんなを追いかける番だ

気持ちは十分、しかし気持ちで年齢差は埋まらない
雰囲気だけ参加させてもらう分にはよかったが、実際に鬼としてゲームに参加するには早かった
おそらくみんなも、この3歳児にある程度鬼の役割を堪能させてあげたら適当なタイミングで鬼を代わってくれるつもりだったのだろう
実際、最初は遠くまで逃げていたみんなが、しまいには2, 3歩くらいの距離まで近寄って、僕が走り出してから逃げるといったようにチャンスを与えてくれていた
本当に上手に歳下と遊んでくれていたと思う

僕があまりにも泣き虫過ぎたのだ
当時はまだ一人っ子でどこへ行っても主役で甘やかされていたから、そういうのに慣れていなかった
追いかけても追いかけても追いつけない
それが悔しいような、情けないような気持ちになって、ついには追いかけることを諦め、俯いてその場に立ち尽くし泣きだしてしまった

涙で歪んだ視界からは周囲の様子はわからなかったが、ひっくひっくとしゃくりあげながら家に帰ったのは覚えている
最初のうちは楽しそうにみんなと走り回っていたはずの息子が泣きながら帰ってきたので両親は心配して「いじめられたのか?」と聞いたが、泣きながら首を横に振った
「じゃあなんで泣いてるの?」とか他にもいろいろ聞かれたような気がするが、とにかく泣きながら首を振るしかできなかった

そうしているとしばらくして、家のチャイムが鳴った
父が対応したが、少し話し声が聞こえた後に僕も呼ばれた
玄関に行ってみると、そこにはボロボロに泣いているリーダー格のお兄さんとそのお父さんが立っていた
驚きが勝って詳しいやり取りは覚えていないが「お前が一番歳上なんやろ」とお父さんがお兄さんを叱り、お兄さんは泣きながら僕に謝っていた
どうしていいかわからなかった

違う
お兄さんは悪くない
みんな、名前も知らない歳下の僕を優しく迎え入れてくれたのだ
走っているときは夢中で気づかなかったが、僕も楽しめるように手加減してくれていたのだ
その中でもお兄さんは最初に声をかけてくれたし、逃げているときも一番気を使ってくれていた
怒られるようなことは一切していない
彼は立派に年長者としての振る舞いをしていた
僕が泣いたのは、誰のせいでもない
誰かのせいにしたいわけでもない
ただ自分が悔しかっただけだ
ただ自分が情けないような気がしただけだ
ただ感情が抑えきれなくなって涙が出てしまっただけだ

しかし僕は声も出せず、真っ赤に腫らした目を隠すように俯くしかできなかった
自分が謝られているのにそれを否定していいかわからなかった
一通りの儀式が済んで2人が帰っていくとき、閉まりかけるドアの隙間の向こうでお兄さんがまた怒られて、頭を叩かれているのが見えた

その光景とそのとき覚えた違和感が、数少ない地元の思い出の中で最も古く、しかしなぜか鮮明に残っている

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