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サイダーを のどを鳴らして 飲んだ父

小学生の夏休みの思い出といえば、家族で行った伊豆旅行だ。
両親は白浜が好きで、毎年夏になると車を飛ばして伊豆に行った。
海に入ったり、砂浜で遊んだり、磯でカニをとったりするのはもちろん楽しいのだけど、一番好きなのは砂浜にパラソルとゴザをセットして、家族みんなでおにぎりやアメリカンドッグ、唐揚げを食べながら、三ツ矢サイダーを飲むことだった。

我が家では通常、冷蔵庫には牛乳かお茶しか入っていない。三ツ矢サイダーやカルピスソーダは、こういったお出かけの時でしか飲まなかった。別に禁止されていたわけではないけれど、なんとなくそう決まっていた。

キラキラと光る海を眺めながら、暑い暑いといいながら、父と母は缶ビールを美味しそうに飲む。姉はカルピスソーダ。わたしは、おにぎりを片手に三ツ矢サイダー。
炭酸は好きだったけれど、のどへの刺激が強すぎて、当時は一口ずつしか飲めなかった。わざとペットボトルを振って、少しずつ蓋を開けて「シュー」っと炭酸を抜いてから飲むのが常だった。そうすると甘さが際立って、余計に美味しく感じられるのだった。

父はその姿を見て「もったいないなぁ。炭酸は抜けないうちに豪快に飲むのがいいんじゃないか」と言った。
父は缶ビールを置いて、クーラーボックスから新しい三ツ矢サイダーを出した。
「いいか、こうやって飲むんだ」
父は腰に手を当てて、三ツ矢サイダーを口に加え、一気に半分ほど飲んだ。ゴクゴクとのどを鳴らして飲む姿は、なぜかとてもかっこよく見えた。

牛乳だったらできるんだけど…。と思いながら同じようにやってみる。やっぱり二口目あたりから喉がぴりりとして飲み込めない。
なんとなく「大人ってすごいな」と思った瞬間だった。


あれから20年以上の時が経ち、毎日のようにビールを飲む大人になってしまった私は、いつの間にか缶ビールものどを鳴らして飲めるようになった。わざわざペットボトルを振って炭酸を弱めることも、しなくなった。

冷蔵庫には、娘と一緒に行った夏祭りの縁日で買った三ツ矢サイダーが入っている。炭酸が抜けないように振動させないように、そっと手にとる。キンキンに冷えている。極限まで喉が渇いた状態で飲むのがいいから、熱いシャワーを浴びてきたばかりだ。
口中に流し込んで、のどを鳴らして飲む。これこれ。のどへの刺激が、心地よく感じるようになった。

ビールは年中飲んでも美味しいものだけど、三ツ矢サイダーだけは夏がとびきりおいしい。

一気に半分ほど飲み干した後、頭に浮かぶのは伊豆の海を背にして、のどを鳴らして三ツ矢サイダーを飲む父の姿だった。

私は、大人になった。

娘のオムツ代とバナナ代にさせていただきます。