子供は親の介護をするべきなのか
母親はせっかちでイライラしやすい人だった。
買い物が好きで、洋服やバッグを見るのが好きで、よく色んなところに一緒に出かけては一日中あっちもこっちも色んな店を見ていた。
せっかちな母は、私より少し歩くのが早くて。気付いたらそばにいないなんてこともよくあった。
母は一時期働いていたこともあったけど、ほとんど専業主婦だったから家事はほぼ一人でこなしていて、洗濯も料理も一人でしていた。
数年前まで私が実家に帰った際、仕事に行く時はお弁当を作ってくれていた。明らかにコンビニで買った方が安くつくなと思うくらいたくさんおかずを詰めてくれていたそのお弁当が、私は好きだった。
一年ほど前から母は急に身体が不自由になった。まだ歩けはするけども、今は隣を歩く時に気を付けていないと置いて行ってしまうほどに動きが遅い。椅子から立ち上がるのにもかなりの時間がかかり、ちょっとしたことで転ぶ。腕が上がらなくなり、自分一人で着替えることも、顔を洗うことも出来ず、握力も弱くなってペットボトルのキャップを道具なしでは開けられない。
驚くほどの速度で母は急激に衰えてしまった。
病院に通い、時間はかかるがまた元に戻れるとお医者様に言われたと、握力を鍛えるためのボールを買っていた。母は昔からなんでも形から入るタイプで、買って満足するタイプでもあるので、ボールはほとんど使われていなかったけれど、それでも母なりに、元に戻れると思っていたと思う。
けれど違った。紹介状を書いてもらい、大きな病院に行った。MRIを取ってもらい、病名がついた。もう、治らないらしい。元に戻ることは無い。病気のせいもあるけど、単純に加齢ということもあって、これ以上悪化しないようにするしかないとのことだそうだ。それを私は、父から聞いた。
母は、どう思っただろうか。
自分で自分にイライラすると言っていた。なんで動かないんだと。動けと思っているのに体が動かないと。時間はかかるけど治るって言われたけど悪化するばっかりで、と。
母は、信じていたんだと思う。戻れるって。
でもそうじゃない。もう戻れない。ずっと、このまま。
もう、一緒にどこにでも旅行に行ったりすることは難しいだろう。車椅子に乗って連れて行ける場所には限界がある。気軽にご飯に誘ったり、服を見に行ったりすることも難しいかもしれない。
当たり前だと思っていたことは、あっさりと、気付かないうちに終わってしまった。もう二度と、私は母の作ったお弁当を食べることは無いのだ。
私は今、両親と離れて一人暮らしをしている。
一人の時間に慣れすぎてしまった私は、両親と一緒にもう一度暮らせる自信が無い。
同じ時間に起き、同じ時間に寝て、同じ時間に食事をして、同じテレビを見て……そういう、なんでもない事が、誰かに合わせて生きるということが、今の私にはストレスになる。人と暮らすということはどうしたって気を使ってしまう。実家に帰る度に私はそう思う。
けど、父だって高齢だ。私は一人っ子だから他に兄弟もいないし、介護を頼めるほどお金の余裕もない。母の面倒は、子供である私が、見るべきなのだろう。そういう、ものなんだろう。
分かってる。分かってるけど、私は正直、それは自分を犠牲にする生き方だと思ってしまう。親不孝だと思う。よくない考えだ。母のことは嫌いじゃないし、恩も感じてる。受けた愛だってある。けど、私は母の介護を毎日できるだろうか。
いきなり毎日は多分無理だ。少しずつ、少しずつ、実家に帰る頻度を増やすようにしよう。次に帰った時、母の頭を、身体を洗ってあげる事にする。父の代わりに食事を作ろう。
少しずつ、受け入れて、変わっていかなきゃ。
もう、前には戻れないんだから。