夜の競輪場の使い方を知ったあの時の話

「競輪場に連れていく」
コンビニの駐車場で、知らない男が私の車に乗せられた。
男はおそらく当時の私と同じくらいの、二十歳そこそこだったと思う。茶髪でちょっとやんちゃな風貌の彼は、私の彼氏に「何ガンつけてんだよ」という、理不尽で不透明な理由で私の車の後部座席に押し込まれたのだ。
誰もおまえなんか見てねぇよ、自意識過剰か?
私は呆れた顔でそんな言葉を呑み込んだ。きっと彼もそうだっただろう。
そんなこんなで、時刻は夜の十時ころ。運悪くコンビニの駐車場で目が合ってしまった男は、どうやら競輪場に連れていかれるらしい。私の車で、だ。
しかし運転をしているのは私の彼氏であり、すでに相当酔っ払っている上に、無免許だ。
ここまでの流れでもわかるかと思うが、その彼氏はいわゆるヤンキーで、それも暴走族上がりの狂ったヤンキーなのだ。
別に同族でもない私が止めたところで聞く耳を持つどころか、機嫌を損ねてめんどうなことになりかねないことを知っていた私は言われるがままに車を預けてしまっていた。
そしてドナドナしながら、知らない男を乗せたジムニーは競輪場へと向かって走り出した。

だがコンビニから競輪場までの道中にある、彼氏の家の前で私は車から降ろされた。何が悲しくて自分の車に知らない男と飲酒無免許でツーアウトの男に車を乗っ取られなければならないのか。
しかしあのまま三人で夜の競輪場に行くのはもっと気が引ける。私は拉致に加担はしたくはないし、解放された私にはやらねばならぬことがある。
彼氏の家は急勾配の坂のいちばん上に建っていた。つまり、坂のてっぺんから二階の屋根をつたい彼氏の部屋へ侵入できるのだ。
その時の私の携帯は運悪く充電が切れていた。とにかく充電をし、彼氏を止められそうな人にこの事態を伝えねばならない。
私はエスペランサのサンダルを脱ぎ、二階の屋根に登った。部屋の窓には鍵がかけられていないことを知っていたので、すみやかに窓を開け、充電ケーブル目掛けて部屋の隅に駆け寄った。
電源が入り、真っ先に彼氏の友人の彼女に電話をかけた。この友人は暴走族の総長であったが、私が知る限り喧嘩をしているところを見たことがなく、暴走族にしては穏和なイメージがあった。その彼にあの狂人が止められるのか、正直なところ不安だったが、それ以外の有力者の連絡先が電話帳に登録されていなかった。
友人に事情を説明するとすぐ動いてくれた。
それから数分後、彼氏の10個くらい年上の先輩の奥様から電話があった。
「うちのマサ(仮名)を今いかせたから!」
なんて頼もしいフレーズなんだ。
ヤクザではないが、ヤクザと見紛う見た目をしていて、そっちの知り合いも多い謎の先輩ならきっとどうにかできるはずだ。
ぶっちゃけ、競輪場で何をしようと、それで返り討ちにあおうとどうでもよかった。ただ私の車と置いてきてしまった荷物さえ戻ってきてくれればいい。つうか夜の競輪場ってそういうことに使うのかよ。もしかしたら、夜の競輪場に行けば理不尽な決闘を目撃できるかもしれないが、おすすめはしない。

そんなこんなで、1時間くらいして車と荷物と狂人は戻ってきた。茶髪の男はどうなったかは知らない。私の預かり知らぬところで片をつけてくれと思っていたので、聞く気にもならなかったし、向こうも話さなかった。

が、こういうことが二度も三度も起きたらたまらん!拉致るならてめぇで徒歩で行きやがれ!と思った私は、彼に免許をとらせにいこうと決意するのであったが、その話はまた気が向いたら。

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