裁定者
※今回も下書きから発掘した記事に手を加えた内容です。
下書きに保存していた日は2020年4月でした。今読み返すと、だいたいあってんなって思います。感染者が減少していないところ以外は。
この自粛状況が年内いっぱいは続くとしよう。
すでに出没している民意の自粛警察はもっと過激になるだろう。
法で統治されるより、民間人による民間人の判断での制裁に怯えて暮らす日は近い。いや、もうすでにそうなりつつある。
誰が誰を裁くかの決定権が乱立する。法律の適用外で資格のない者が裁く。
それは言葉かもしれないし、暴力かもしれない。それ以前に、目だ。
監視の目こそが民主を統治する時代。
政府は「国民の協力により感染者数は減少傾向にあり…」などと、毎日繰り返すだろう。
天気予報のように、本日の感染者数が朝の情報番組で扱われるようになるかもしれない。
花粉の時期に発表される、花粉予報よろしく、ウイルス予報なるものまで予見され、「今日の東京都のウイルス濃度は…」なんて予報に、日々緊張感を左右される日がくるかもしれない。
政府の言う「国民の皆様による協力」とは一体なんなのか。
民衆同士が監視し合い、外出を抑止することなのか。
仕事がなくなったのは自己責任だと無遠慮に切り捨てる役目を民衆が担うことが、協力関係だとでも言うのか。
誰かを裁くことの快感を与えることが、国民一丸となってするべき協力なのか。
政府の方針に、安全圏から文句を言うことが協力なのか。
いったい、誰のために何をすることが協力だと思っているのか。
・・・っていうところまで書いてなぜか投稿していなかったんですね。なんでかは知らんけど。
で、約一年経っても現状はあまり変わっていない気もします。私は例のウイルス関連の情報をなるべく入れないようにしているので、増えた減ったの報道をたまに耳にするくらいです。
その増えた減ったも、どれくらいやばいのかとかは検討がつきません。人口比率的に見たらそうでもないのかもしれない。とか、この一日の感染者が何人以上になったらどうなるのかっていう、見通しの話をあまり聞かない気がするんですよね。
だったら何人になろうが、今までどおりに手洗い消毒、マスク着用に密を避けるをするしかないから見ても意味がない。って無関心になってしまうんです。なんかもう、この事態が日常になるってのはこういうことなんですかね。単に私が社会に対して無関心で無責任なだけなんでしょうか。
あと全然関係ない話で締めるんですが、今大人気のclubhouseの体験レポをここで書きたいので、招待枠あまってる人で譲ってもいいという方がいたらTwitterのDMください。
ちょっと盗み聞きしただけでも、やばい方の意味でおもしろかったので。
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