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雪夫人絵図 1950年新東宝

雪夫人絵図

溝口健二監督なら、有名どころは、ほぼ見てきましたが、本作を見る機会はなかなかありませんでした。
溝口監督は、1953年の「西鶴一代女」で、長いスランプから脱して、以後、キラ星のような名作を世に送り出し、海外からも高い評価を受けることになりますが、本作は1950年の製作。
まだ完全復活とはいかない微妙な時代の作品ということになります。
こういう、衛生放送にはまずオンエアされないような渋い作品が、Amazon プライム には時々ラインナップされるので、僕のようなクラシックファンには、目が離せません。
映画は興行的には当たらなかったとはいえ、そこは溝口健二。
のちに評価されることとなる、ワンシーン・ワンカットの長回しや、「演技するように動く」カメラ・ワークは、随所に登場。
あの名作「雨月物語」のラストで見られたカメラの移動撮影による長回しが、すでに本作において試されていたことがわかりました。
美人女優をとことんいじめ抜く(しごき抜く?)、冷徹なタッチも、本作においてはやりすぎなくらいに健在。
そのサディスティックさは、痛々しいを通り越して、むしろ腹立たしいくらいです。
主演の木暮実千代は、京都の芸妓を愛人にし、好き勝手をやり放題の夫でも、求められれば身を任せてしまうような華族の令嬢を、なんとも儚く妖艶に演じています。

本作は、新東宝の作品です。
1946年の東宝争議の際に、看板俳優たちを引き連れて、東宝と袂を分つようになったのが新東宝です。
手元に、川越図書館で借りてきた「日本映画ポスター集 新東宝編」があるのですが、見ているとこれが実に楽しい。
もちろん、本作のポスターもあります。
当時は、映画産業全盛の時代ですから、映画ポスターにも力があります。
テレビやネット情報などまだない時代です。
観客の足を映画館に運ばせる宣伝広告になるのは、映画館や街角に貼られる映画のポスターだけです。
キャッチーで扇情的なコピーや、目を惹く構図。
当時は、まだ映画はモノクロのものが多い時代ですが、ポスターはもちろんオールカラー。
僕がこの時代に、一人で映画を見れる年齢で、もしもこんなポスターを見せられたら、絶対に「なにか」を期待して、映画館に行ってましたね。
新東宝は、初期の頃はまだ、本作のような文芸作も多かったのですが、後期になってくると、完全にエログロ路線一直線。
本作に出演しているような、久我美子、上原謙、山村聰などの一線級の俳優はあまり顔を見せず、若手(宇津井健や菅原文太など)とグラマー女優が中心になってくるのですが、このボスターを見ると、すでに後の新東宝カラーが、濃厚に出ているように思われます。



主演の木暮実千代は、黒澤明監督の「酔いどれ天使」や、小津安二郎監督の「お茶漬けの味」に出演してたのをかすかに覚えていますが、本格的な主演作を見たのは今回が初めて。
妖艶なファムファタール(悪女)が多かったそうで当時は「日本のヴァンプ女優」といわれていたそうですが、そんな役どころの彼女の作品はまだみていません。
あればちょっと見てみたい気がします。
Amazon プライムさん、どうかよろしく。

さてこの人、実は日本のCM女優の第一号なのだそうです。
化粧品の「マダム・ジュジュ」が有名ですが、当時のサンヨーの電気製品のポスターはみんなこの人で、「サンヨー夫人」なんて言われていたそうです。
時代的には、僕の生まれる前の昭和30年台の前半ですが、彼女の映画は全然みていないのにも関わらず、妙に顔だけは覚えているのは、やはりこの、巷に出回っていたポスターの笑顔が子供心に刷り込まれていたせいかなという気がします。
よく「悪役」をやる人には、いい人が多いと言われますが、映画の中では、悪女を演じてきた彼女も、その例外ではないようです。
ボランティア活動にも熱心だったり、1973年からは、日本国認定の保護司を引き受けたり、中国からの留学生を自宅に寄宿させたりしていたそうです。

プロフィールを読んでいると、なかなか感動的なエピソードが、次々と出てきて驚いてしまいました。
女優の高峰三枝子の長男が麻薬容疑で逮捕されて、親子が世間のバッシングに合っていた時には、保護司として長男を預かり、見事に更生させた話。
終戦後、ガード下で靴磨きをしていた戦災孤児に、「靴は磨かなくてもいいから、何か元気の出るものでも食べて。」と言って200円を渡してそっと立ち去った彼女。
時は経ち、この時の少年は、後にアメリカに渡り、苦学して高校の教師になっていたそうですが、その彼が、晩年死の床にあった木暮実千代を知り、帰国して、再開を果たしたという話。
なんか、これだけでも、一編の映画になりそうです。
そして彼女が、亡くなった時には、通夜の晩に、かつて保護司として面倒を見た人たちや、彼女を母親代わりに慕っていた中国の留学生たちの焼香が後を絶たず、出棺の際に、彼らは大声で泣きながら、見送ったのだそうです。
映画俳優として、さまざまな役を演じてきた彼女ですが、実際には、この人の人生そのものが、最も映画らしかったという気がします。

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