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金環触 1975年東宝

金環触

1975年に公開された政治映画です。
監督は、山本薩夫。
原作は、石川達三の小説です。
民政党という架空の政党名が使われていますが、もちろん自由民主党のこと。
昭和39年から、昭和40年にかけての日本政界が舞台です。
この時期は、「所得倍増計画」を実現させた名宰相・池田勇人が喉頭癌で死去し、彼が指名した後継者・佐藤栄作の長期政権がスタートした頃。
演じた俳優(久米明、神田隆)も、かなりその風貌に寄せていました。
この時期の政界の水面下で進行していたのが「九頭竜川ダム汚職事件」。
この事件に関わっていた実際の人物が、本作の登場人物の、おおよそのモデルになっています。
仲代達也演じる星野康雄は、池田内閣時に官房長官を務めた黒金泰美がモデル。
この人は戦後の混乱期に、高利貸しとして成り上がった森脇将光というフィクサーとの黒い関係で、失脚しますが、この森脇をモデルにした、石原参吉という曲者老人を演じたのが宇野重吉。
すきっ歯の入れ歯を装着しての怪演は、本作では一番印象的でした。
高利貸しでありながら、独自の情報網を駆使して、政界の裏情報にも通じているという設定は、ほぼ実際の森脇をなぞっています。
「造船疑獄」でも「グラマン疑惑」でも、この時期の政権を告発する重要な事件の証拠として注目された証拠が「森脇メモ」でした。

もう一人、重要な人物として、本作においてスポットが当たっていたのが、三國連太郎演じる神谷直吉議員。
この役のモデルになっていたのが、この時期「政界の爆弾男」という異名をとった田中彰治衆議院議員。
当時の政権与党のスキャンダルを、国会の場で舌鋒鋭く追及し、その名を上げた人。
しかし、かなり問題の多い人物で、そのネタを元に多くの政治家を恐喝したり、時にはマッチポンプで事件を捏造。最後は「黒い霧事件」で、失脚しました。
本作では、石原老人から得た情報をもとに、「福流川ダム建設」に関する汚職事件を国会で追及するシーンが詳細に描かれていますが、ベースになっているのは、実際にあった「九頭竜川ダム汚職事件」。
池田内閣への巨額の献金を前提にして、請負施工業者である鹿島建設と、当時の電源開発が結託して、不正入札を行ったとされる事件です。
この事件では、内閣秘書官と、この事件を公表しようとしたジャーナリストが、謎の死を遂げて、結局事件はうやむやになります。
この辺りも、本作では、実際の事件を忠実になぞっていきますね。

ここ最近は、畑作業をしながら、よくYouTubeの国会中継の音声を聞いていますので、この辺りの展開はなかなか面白く見れました。
実際に、この当時の国会中継を見ていたわけではありませんので、これがどれくらい現実に即した描写なのかはわかりませんが、少なくとも、今の政府の国会答弁のように、聞いていることをはぐらかし、煙にまくことに終始する「ごはん論法」では、映画の脚本にはなりません。
「虚偽答弁」は、今も昔も一緒なのでしょうが、少なくとも、映画のセリフであれば、そこにも一定の論理性とスジは求められます。
しかし、これは、今の国会答弁には皆無。
追求することに、政府が答えたくないという場合、答弁の言葉は、絶望的に非論理的空回りに終始します。
もしもこの先、今の政界のスキャンダルである「モリカケ」「桜を見る会」「総務省接待疑惑」が、映画の題材になる場合、国会での追及場面が、果たして、どんなシナリオになるのか。
それは、ちょっと興味があるところです。

しかし、それにつけても、今の国会における政府答弁の不毛さは、目を覆うばかり。
何を質問しても、聞かれてもいないことを延々と喋り、最後は、天下の宝刀「いずれにしても」を連発して、最終的に答えを有耶無耶にする答弁手法。
「個別の案件には答えを差し控える」「仮定の質問には答えられない」というあのお決まりの隠蔽答弁。
今の国会質疑を聞いていて、こちらが学べること言えば、質問に対して、いかに嘘にならないように言葉を選びながら、しかし聞かれたことには一切答えないという、「はぐらかしスキル」のみ。
国会答弁としては、どれも口先だけのレトリックを駆使した官僚たち超一流の作文なのでしょうが、残念ながら、あれは映画のシナリオとして聞くと、まるで使い物になりませんね。
あの答弁を文章に書き起こして見れば、それは明瞭だと思います。
とにかく、質問には答えているようで、言っていることは意味不明。
言葉のやりとりとしては、ちくはぐで、まるで噛み合わず。
そんな不毛な質疑を、天下の国会議事堂で、国民たちの血税を使ってやっているわけですから、悲しくなります。

いつの時代も時の政府の不正は、なくならないもののようです。
本作のように、そこにメスを入れる硬派な社会派映画は、少なくとも昭和の時代には、製作されてきました。
令和の時代になると、時の政権に切り込む社会派作品としては、藤井道人監督の「新聞記者」があります。いい映画でした。
もしも、あの作品に、国会質疑のシーンがあったら果たして、どんな脚本になっていたか。
それは少々興味があるところ。
しかし、もしもあったとしたら、そこだけは、コメディになっていたかもしれません。

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