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地獄変 芥川龍之介

地獄変

大正7年に書かれた芥川龍之介の短編小説です。
「中期」とカテゴライズされるこの時期の彼の作品を貫くテーマは「芸術至上主義」。
本作は、鎌倉時代に書かれた「宇治拾遺物語」の説話にヒントを得て、創作されたもの。
愛娘の焼かれる姿を見て、地獄変屏風を完成させた絵師良秀の物語です。

まず、芸術至上主義の定義を少々。

「芸術それ自身の価値が、真の芸術である限りにおいて、いかなる教訓的・道徳的・実用的な機能とも切り離されたもの。」

ちょっと難しい感じですが、ここはわかりやすく、「芸術性の追求は、人道やモラルを超えて行われることが許されるか」と括ってみましょう。
芥川の作品を、かなり乱暴に、こちらの語りやすいマナ板に乗せてしまって恐縮ですが、これなら多少は展開できそうです。

長い歴史を経て、人権の重さは昔とは比べものにならないくらいになっていますので、本作の絵師のように、愛娘の命と引き換えに、究極の芸術を完成させるという行為が認められることはないということは即答できますが、反モラルということなら、例えば、麻薬などで精神を薬物的に高揚させた状態で、芸術に向かい合うということならどうでしょう。

ビートルズたちが、そのキャリアの中期において、LSDなどでたびたびハイになった状態で、あのロックの金字塔”Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band” や ”Magical Mystery Tour”を世に送り出したのは有名な話。
自分たちの音楽的成長のために、あらゆることにトライした当時のビートルズ。
LSDトリップ体験もそのうちの一つで、”Lucy In The Sky With Diamond”や”I Am the Walrus”などのサイケ調の楽曲は、その体験の成果だと言われています。
もちろん、当時のイギリスにおいては、LSDは違法ではありませんでしたが、さてこれは、「芸術至上主義」の見地から見て、是か否か。

ビル・エバンスというジャズ・ピアニストは、薬物にどっぷり浸かったアーティストでした。
ヘロインを打ちながら、演奏しており、あるステージでは、注射した右手が動かなくなり、左手だけで演奏したなんて事件も。
彼のプレイは、果たして薬物によって昇華することがあったのか。
それとも、ヘロインに依存していなかったら、もっと流麗な演奏ができたのか。


これが日本ということになると、麻薬所持は違法ですから、見つかればもちろん捕まります。
ロック系のアーティストで、麻薬関係で逮捕されたミュージシャンは、これまでも数多くいますが、どうも日本のアーティストの場合、麻薬の手を借りて、楽曲を向上させようというよりは、自らの快楽のため、もしくは、麻薬の手を借りてでも創作したいというマイナスのイメージが先行して、芸術至上主義というものからは、大きく乖離しているように思われますが、いかがでしょう。
槇原敬之や、長渕剛も過去に麻薬不法所持で逮捕されていますが、彼らが創作において薬の力を借りたかどうかは、多少興味はあります。
そして、それによってできた曲には、それなりの成果があったかのかどうか。
誰か、聞いてみてくれませんか?

麻薬となると、かなり反社会的なことになりますが、たとえば酒ならどうでしょうか。
僕は、酒は飲めませんが、飲んで歌うと興がのり、いつもよりも上手く歌えるなんて人は結構いそうです。
アメリカに、サミー・デイビスJr というエンターテイナーがいましたが、彼はステージで、水割りを飲みながら、ほろ酔い気分で、観客を楽しませてくれました。
パフォーマンス芸なら、酒の効用も少しはあるかもしれません。
作家でも、画家でも、音楽家でも、酒を飲みながら、作品と向かい合ったという人なら、古今東西かなりたくさんいそうですが、それは作品の出来にはどう影響したのでしょうか。
ただこれも、「芸術至上主義」という観点からいくと、作品のクウォリティを上げるために、故意に酒の力を借りたという人は、そうはいないのではないかと思ってしまいます。
やはり、個人の嗜好優先で、芸術至上主義とはちと違うような。
個人的なことを申せば、若い頃のラブレターは、必ず夜中に、水割りをチビチビとやりながら書き、朝になったら読み返さずに出すということを意図的にやった思い出がありますね。
これなんかは、確信犯的に「酒の力」を拝借した手口です。
もちろん、芸術ではありませんが、ウケは良かったんだよなあ。

どうもこうやって書いてくると、芸術至上主義というのは、今の人の世の中ではちょいと分が悪いぞという気になってきました。

でも例えば、こんなのはどうでしょう。
よりリアルな殺人描写を描きたいという想いから、実際に人を殺して捕まった作家がいたとしましょう。
反対に、人を殺して刑務所に入れられ、刑期を終えて出所した男が、その経験を活かして作家としてデビュー。
そのリアルな描写で、一躍売れっ子になった。
これって、やはり前者は許されないけど、後者はありってことになりますか?

失礼。なんだか、「地獄変」からは、とんでもなく脱線してます。
何書いてるんだか、自分でもわからなくなってまいりました。

ここまで書いててきて、「第三の男」のハリー・ライムのセリフを思い出してしまいました。こんなやつです。

~だれかがこんなこと言ってたぜ。
 イタリアではボルジア家三十年間の戦火・恐怖・殺人・流血の
 圧政の下で、ミケランジェロやダ・ヴィンチなどの偉大な
 ルネサンス文化を生んだ。
 が、片やスイスはどうだ? 
 麗しい友愛精神の下、五百年に渡る民主主義と平和が
 産み出したものは何だと思う?
 「鳩時計」だとさ!~

芸術とは、一体なんだ?
申し訳ない。自分にはちょっと定義しかねます。

大丈夫。酔っ払っていませんので。

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