「フード・クライシス 食が危ない」 金丸弘美

さまざまなデータから、日本の「食」の危うさを伝えようとする内容。

2006年出版の本で、統計の数字は、現在とは多少の差異もあるでしょうが、傾向はそれほど変わらないでしょう。



思えば、サラリーマンを辞めて、農業をしたいと思い立ったのがちょうどこの本の出版された頃です。

特に本書のような本を読んだわけでもありませんでしたが、理由として、一番大きかったのは、やはり健康の問題。

運送会社に勤務していましたが、現場から管理側に回って、デスクワークに終始するようになってから、異変は始まりました。

一日の運動量が激減しているのに、食事量は変わらず。

しかも、独り身ですから、コンビニやファストフード中心。

当然偏っていきます。

体重はあれよあれよというまに増えていき、健康診断をすれば、結果はボロボロ。

同時に、当然ながら、仕事のストレスも増えていきます。

これがピークに達した頃、ほぼ本能的に頭をよぎり始めたのが、農業への道。



「こりゃ、生活そのものを変えないと、えらいことになる。」



引退後、数年で脳梗塞を起こし、以後亡くなるまで介護老人となった父親の姿が脳裏にくっきりと浮かんだわけです。

医学的なことはわかりませんが、父親の介護をしながら、しっかり脳裏に刻んだことは、体を動かさずに、好きなものを好きなだけ食べたらこうなるということ。

まず始めたことは、会社には無理をお願いして、事務所から現場に戻してもらい、運動量を確保したこと。

ほぼ、毎日12000〜15000歩を歩いてましたね。

これで、およそ10kmくらいの距離です。

仕事だから、毎日続けられましたが、これが健康のためのジョギングとか、ジムワークということになると、性格上、続けられなかったと思います。



そして、次に始めたことが、食事改革。

これも、栄養のバランスやら、カロリー計算などといったことが考えられる性格ではないので、単純に食べる量をそれまでの半分にしたこと。

まずは、膨らむだけ膨らんだ胃袋を、年相応のサイズに小さくしようと思ったわけです。

健康診断では、毎回のように「要診察」と書かれていましたが、病院に行ったり、薬を飲むのは嫌でしたので、やったのはこの食事制限だけ。

ところが、生活習慣とはよく言ったもので、この「体を動かしながら、食事を減らす」というライフスタイルを、およそ一年半続けると、体重は徐々に減っていきました。

最終的には、80kgまであった体重が、64kg。



これと同時並行で、会社が持っていた農地で、野菜作りも始めました。

もちろん、仕事の合間の作業なので、ブロのようにはいきません。

農薬も、除草剤も使わない素人農業ですが、自分で食べる分には、多すぎるくらいの収穫量になります。

いつしか、野菜中心の食生活になっていき、気がつけば、健康診断の結果も改善。

後は、残りの人生で、これをどう継続していくか。

そこで、次は定年退職の算段です。

本来であれば、会社の定年退職は65歳なのですが、ここは無理を言って、60歳で早期退職をさせてもらい、会社の畑はそのまま使わせていただくということになりました。

そして、現在に至るというわけです。

野菜作りに専業ということになれば、やはり収入も考えないといけません。

そこで今年から、畑の横に野菜直売所も設置し、僅かながら収益も出るようにはなりました。

とは言っても、年金をもらえるまではまだ先。

しかし、収入はなくても、ベジタリアンさえ続けていれば、まず食べるものだけは困りません。

旬の栄養価の高い野菜が、毎日食べられれば、まずはよしとします。

先行きの不安がないわけではありませんが、死ぬまで体を動かして働ける職は得ましたので、あとは健康に気をつけて、みんなにも食べて貰える野菜を作りながら、粛々と毎日を送るのみ。

たったそれだけのことで、老人一人わずかではありますが、世の中に迷惑かけずに、多少の貢献は出来ているという実感は得られます。



本書にこんなデータがありました。

「日本の農業従事者のうち、65歳が占める割合は、全体の58%」

これ、ちなみにフランスでは、4%。イギリスでは、7パーセントだそうです。

世界中で、日本くらい、食料を外国からの輸入に依存している国はありません。

その方が安上がりという、経済のルールが支配しているからですが、その国内の農業従事者の多くが高齢者ということでは、この傾向は加速するだけで、未来がありません。

目の前の損得勘定と、とりあえずテーブルに「美味しくて安価な」(だけど怪しい)食料が並ぶことがとりあえずの優先事項。

まるで、原発の論理とそっくりです。

国民の健康や、将来のための布石、有事の際の危機管理など、完全に蚊帳の外。

それでも、自分たちのやることに間違いは無いと頑なに思いたい我が国のおエライ様達には、何か起これば、「想定外」と説明されてしまうのでしょう。



まあ、しかしそんなことは、百姓の心配するこっちゃないですな。

こちらは、残りの人生、毎日美味しい野菜を作るスキルを、セッセと磨くのみ。

幸いこの業界では、61歳はまだまだ若僧です。

頭は悪いですが、幸いかな、百姓修行の多くは、経験と体を使って覚えていくもの。

失敗上等。

それでも、10年も経てば、一端の百姓になって、危うい日本の食糧事情を支えているかもしれません。

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