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サボテンの花 1969年アメリカ

サボテンの花

「バーグマン踊る!!」

僕がこの映画のキャッチ・コピーをつけるなら、こういうことになりますでしょうか。
この映画の撮影時、イングリッド・バーグマンは、すでに54歳になっていましたが、一皮も二皮も剥けた、大女優のコメディエンヌぶりに、感慨も一入。
本作で、デビューしたゴールディ・ホーンの、圧倒的な魅力と、天性のコメディエンヌぶりに、ややもすれば、引きずり込まれてしまうそうな本作ではありますが、僕の年齢になりますと、ゴールディ・ホーンの少女アニメのようなクリクリ眼玉よりも、円熟のバーグマンの顔に刻まれたシワの魅力の方が、ギリギリのところで勝りましたね。

イングリッド・バーグマンといえば、ハリウッドで活躍した40年代には、「淑女」を体現する女優として、全世界の映画ファンに愛された人です。
しかし、そんな彼女は、そんなファンたちの期待を裏切るように、家族を捨てて、ロベルト・ロッセリーニとの不倫に走り、ハリウッドを追放されたことで有名です。
その後、ロッセリーニ監督の作品に出演を続けた彼女ですが、映画はヒットせず。
やがて、ロッセリーニと別れた彼女は、ハリウッドに復帰します。
そして、映画「追憶」で、「ガス燈」に続き、二度目のアカデミー賞主演女優賞。
この受賞のステージに彼女は現れませんでしたが、それから2年後の、アカデミー賞のステージに、プレゼンターとしてたった彼女は、客席からスタンディング・オベーションで迎えられました。
そんな彼女の、波線万丈の人生は、もちろん知識としては知っていましたので、本作での「弾けっぷり」は、なんだかとても胸に沁みました。
そんじょそこらの女優ではない、あの「カサブランカ」のイルザが、ニューヨークのダンスホールで、流行りのステップに合わせて、若者たちや、踊りのプロであったゴールディ・ホーン(彼女の前職はダンサー)の前で、身をくねらせて踊ってくれるわけですから、こりゃいいものを見させてもらったという感じです。

40年代の、バーグマンの作品は、未公開作品以外は、ほぼ見ています。
しかし、ロッセリーニの元へ走って以降の彼女の作品で、今までに見たことのある作品は、1974年の「オリエント急行殺直事件」だけでした。
彼女は、この作品でも、アカデミー賞の助演女優賞を受賞しています。
ですので、彼女の出演したコメディ映画ということになれば、本作が初めて。
しかも、ケイリー・グラントを相手にするようなソフィスケイテッド・コメディではなく、完全に、シェクスピアの「じゃじゃ馬ならし」や「夏の夜の夢」を彷彿とさせるドタバタのスクリューボール・コメディ。
しかも、本作の脚本は、「お熱いのがお好き」「アパートの鍵貸します」などのビリー・ワイルダー監督作品の傑作コメディで名を馳せたI.A.L.ダイヤモンドです。
本作での彼女の役どころは、プレイボーイ歯科医師ジュリアン(ウォルター・マッソー)の元で働く、オールド・ミスの看護師ステファニー。
娘ほど歳の違うトニー(ゴールディ・ホーン)と結婚しようというジュリアンのために一肌脱いでいるうちに、トニーの隣人の青年や、患者たちともスッタモンダしていくという、慌ただしい展開。
最後は、お互いの気持ちに気がつき、結ばれるのはジュリアンとステファニー。
トニーは、その恋のキューピッドになるという展開です。

トニーが、ジュリアンが愛しているのは自分ではなく、ステファニーだとわかるシーンが秀逸でした。
それは、贈り物なんですね。
ジュリアンは、トニーのために高級なミンクのコートをプレゼントします。
喜び勇んで、それを身につけるトニー。
カメラは、コートを羽織ったトニーの姿を、上から下へゆっくり舐めます。
トニーはなんだか微妙な表情。
ピンクのサイケなドレスを着ているトニーには、このミンクは明らかに似合いません。
(多分サイズも大きかった)
トニーは、このコートを選ぶときに、ジュリアンの脳裏にあったのは、自分ではなく、ステファニーの姿だったと気がついてしまいます。
彼女はそのミンクをケースに戻し、「ジュリアンより」というメッセージと一緒に、ステファニーの元へ郵送してしまいます。
セリフでの説明は一切無しに、ビジュアルだけで、トニーの心の中を、観客に悟らせる見事な演出でした。

「サボテンの花」で、検索すると、ドラマの主題歌にも使われたチューリップの同名曲が先にズラリと並んで苦笑いしてしまいましたが、僕がチューリップの楽曲のなかで一番好きなのはこの曲です。
「サボテンの花」には、個人的な思い出も一つ。
実は、亡くなった母が花が好きで、鉢植えが家のいたるところにあったのですが、ある日ダイニングの一番目立つところに、サボテンの鉢植えが一つ置いてありました。
よく見ると、そのサボテンには小さな花が一輪。
めったに咲かない花が咲いたということで、お披露目された鉢植えだったのでしょう。
次の朝には、そのサボテンの鉢植えの隣にスケッチが一枚。
それは、父親が、そのサボテンの花をデッサンしたものでした。
そこで、すかさず、僕はそのスケッチに短歌を一首。

匂い立つ今サボテンの白い花育む人と幾年月を経て

母親も、それなりに嬉しかったと見えて、その夜のおかずは、僕の大好物であった、特大のチキンカツが、食卓には並びました。

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