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流れる 1956年

女性の細やかな情感を描かせたら、日本映画ではピカイチと言われる監督が成瀬巳喜男。

などと偉そうなことを言ってみましたが、よくよく彼のバイオグラフィを眺めてみると、僕が見ているのは「浮雲」くらいのものでした。

「放浪記」「女が階段を上がる時」「乱れる」などなど、彼の名作はまだまだ、DVDストックに眠っているので、追々鑑賞していくことにいたします。

ご贔屓の女優・高峰秀子が、彼の多くの作品で主演をしているので、楽しめそうです。

本作は、「浮雲」の翌年に作られた作品。

時代の流れの中で、凋落していく花柳界を描いています。

舞台になるのは、隅田川沿いの芸者置屋。

「浮雲」で、キャリアのピークを極めて絶好調の成瀬監督が、これでもかというくらい大女優たちをキャスティングして撮った映画が本作。

こんな波居る大スターを捌くなんていう芸当を、当時の日本映画界の中で出来た監督は、彼ぐらいのものでしょう。



まずは、田中絹代。当時47歳。

映画の中のセリフでは、「45歳です。」と言ってましたね。

置屋の女中を演じます。(「女中」というのは今はNGワードかも)

物語は、彼女の目を通して描かれています。

というのも、この映画の原作を書いた幸田文(幸田露伴の娘)が、実際に置屋で女中をしていたとのこと。

その経験を下に書き上げられたのが原作小説というわけです。



この置屋の女将を演じるのが、山田五十鈴。当時39歳。

昔父親に連れられて、明治座で彼女の舞台を見たことがありますが、あの当時すでに60歳を超えていた彼女が、



「今年で18歳になりました、山田五十鈴でございます!」



と舞台挨拶をしていたのを覚えています。

この映画では、もっと年上の設定だと思いますが、そんな年齢感覚は吹っ飛ばすオーラはありますね。



そして、高峰秀子。

彼女は当時、すでに32歳。

山田五十鈴とは、7歳しか違いませんが、演じているのは彼女の娘。

どちらも年齢不詳で、しかも確かな演技力がありますので、画面的にはなんの違和感もありません。



杉村春子も出ています。

彼女は当時50歳。

言わずと知れた新劇の伝説的カリスマ女優。

置屋の芸者を演じていますが、まあまあ芸達者なところを存分に披露してくれています。



同じく、若い芸者を演じたのが岡田茉莉子。

彼女は当時23歳。

暗くなりがちな話の中で、キラキラと弾けていました。



そして、成瀬監督が、特に出演を直々に依頼したというのが、サイレント時代の伝説の女優・栗島すみ子。(もちろん、僕はこの映画で初めて知った人です。)

現役を引退してから、19年ぶりの映画出演だったそうですが、置屋の女将を貫禄たっぷりに演じていました。

でも、この方は、当時54歳。

昔と今を比べても野暮ですが、今の54歳の女優では、ちょっとあの貫禄は出せないんじゃないだろうか。

「サンセット大通り」の、グロリア・スワンソンを思い出してしまいました。



そんなわけで、これだけの女優を並べた都合上、男優陣の扱いは、みんな酒のつまみ程度。

それでも、宮口精二や加藤大介は、この映画の2年前に作られた「七人の侍」でのキャラとのギャップを楽しめます。

まあ、とにかくこの時代の俳優達はみんな芸達者です。



父親の戸籍抄本から我が家のルーツを辿ると、終戦から10年くらいは、ちょうどこの映画の舞台になった隅田川界隈の下町に住んでいた時期があるんですね。

古い写真を整理していると、この辺りであろうと思われるものが結構出てきます。

父親は、遊び人でしたので、結構芸者遊びも楽しんでいたいたようです。

その証拠写真も残っています。

よくもあの安月給でそんなことが出来たと感心してしまいますが、結婚後は落ち着いていった模様。

この時代の映画を見ていると、どこか画面の隅の方に、知った顔が映っているような気がして、思わず見入ってしまいますね。

昔の映画を見る楽しみの一つです。



でもそんな昔の父親のヤンチャは、すでにみんな水に「流れる」。

・・ということで。

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