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ヒッチコックのゆすり 1929年

「ヒッチコックのゆすり」という映画を見ました。公開当時は「恐喝」というタイトルです。

もうクラシックもクラシック。

1929年の作品。

この映画は、イギリス映画におけるトーキー第1作です。

ちなみに、ハリウッドでのトーキー第1作は、アル・ジョルスン主演の「ジャズ・シンガー」。

これが、1927年の作品。

日本では、ちょっと遅れて、1931 年に作られた「マダムと女房」という作品が本格的トーキーの第1作。

主演は、田中絹代でした。

この「ゆすり」は、ヒッチコックにだいぶ心酔するようになってから、有名どころの作品を相当数見た後で、蘊蓄収集のために見た記憶です。

レンタルDVDだったかな。

僕が改めてヒッチコックの作品に興味を持つようになったきっかけは、フランソワーズ・トリフォーが、ヒッチコックにインタビューをした内容をまとめた名著「ヒッチコック/トリフォー」を読んで感銘を受けてからです。

なるほど。今まで、自分が何気なく見てきてしまった映画には、作り手のこんな工夫があったのかということを、いろいろと教えてくれたのがこの一冊でした。

この本を読んでからというもの、ヒッチコック作品に限らず、自分の映画の見方はガラリと変わりましたね。

自分の評価に、「上手い」という評価が加わったのがこれ以降です。

というわけで今回、改めてこのヒッチコック・クラシックを鑑賞するにあたっては、まず最初に、この本に書かれているこの作品の部分を先にチェックしてから、見てみることにしました。

Amazonプライムには、ヒッチコックのイギリス時代の古い映画が、何本かラインナップされていますが、ヒッチコックの作品は、DVD化されているものは、今やほぼ我が在庫にありますので、今回はここから引っ張り出してきました。



映画は冒頭、刑事が容疑者を逮捕し、連行して、調書をとり、目撃者の面通しをさせて、拘留するまでをスピーディに描いています。

ここまでは全て、サイレント。

おや、この映画はトーキーなんじゃないのと思っていたら、二人の刑事が仕事を終えて、帰宅する時に、初めてセリフが音声で登場。

初めてのトーキー映画ということで、演出的に少々勿体ぶったかなという印象です。

仕事を終えて、刑事は廊下を歩きながら、同僚に言われます。

「今夜は彼女とデートかい?」

「ええ、外で待ち合わせています。」

刑事と彼女は食事をしようとレストランに行きますが、些細なことで喧嘩別れ。

その後、この映画のヒロインは、男にナンパされてついていってしまいます。

画家と称する男に誘われるまま、アパートについていくヒロイン。

そこで強姦されそうになって、彼女は思わずナイフで男を刺し殺してしまいます。

男は、絵も描き、ピアノを弾いて歌うという一見紳士風ナイスガイ。

しかし、ヒロインを襲おうとする男の顔に、ヒッチコックは、シャンデリアの鉄格子の影を映して、サイレント映画時代の悪役の定番だった髭面をトリックで演出します。

これは、「ヒッチコック/トリフォー」によれば、サイレント映画との決別を意図した演出とのこと。

カーテンの向こう側での殺しのシーンや、殺してしまった後のヒロインの動揺など。

街を歩くヒロインの移動撮影では、手前の通行人が透過したりしています。

この辺りから、だんだんとヒッチコックらしい演出が見え始めます。

襲われたヒロインが、反対に相手を殺してしまうというサスペンス映画の展開は、この作品をきっかけに、その後、いろいろな映画に広まっていきました。

ヒッチコックの後の作品でも、「ダイヤルMを回せ」がそうでしたね。

翌日、街は殺人事件の噂でもちっきり。

煙草屋を営むヒロインの家にも、おしゃべりな近所のおばさんが来て、そんな話をしています。

ヒロインは、罪の意識でかなり動揺しています。

「ナイフで人を刺すなんて、信じられないわね。」

ヒロインの座る朝食のテーブルには、バター用のナイフ。

それに、被さるように、おしゃべりおばさんのセリフは、いつかヒロインには「ナイフ・・ナイフ・・」としか聴こえないようになります。

このあたりも、かなりのヒッチコック・タッチ。

トーキー初作品で、すでにここまでの実験的演出をしてくるあたりはさすがにヒッチコック。

一方、殺人現場では、ヒロインの彼氏である刑事が、そこに落ちていた手袋を発見。

これが、彼女のものであることに刑事は気がつきます。

刑事はその証拠を、そっとポケットに入れて、ヒロインの家へ向かいます。

この後、前日のアパートの出来事を外から見ていた男という男が登場。

ヒロインを恐喝しに現れます。

必死に、彼女を守ろうとする刑事。

しかし、警察はアパートの管理人の証言から、この男が犯人ではないかと疑います。

危険を感じた男は逃亡。

逃げ込んだ先は大英博物館。

追跡劇の末、最後は天窓から転落して、男は絶命。

これで、ヒロインの殺人は、このゆすり男が被ったはずですが、ヒロインは、それを潔しとせず自首することを決意。

一人で警察に出頭しますが、その担当が、彼氏である刑事になり、彼女は殺人の罪を問われることなく晴れて自由の身に。

これで映画は、エンドマークになるのですが、ヒッチコックとしては、こラストにはかなり不満だったご様子です。

もともと彼の用意したラストはこうではなかったようです。

では、ヒッチコックの用意したラストはどんなものだったか。

ゆすり男が死んだ後、ヒロインは逮捕されます。

逮捕するのはもちろん彼氏である刑事。

ここで、ヒッチコックは冒頭のサイレントによる逮捕シーンを、再びヒロインに置き換えて再現。

ヒロインは、冒頭の男と同じように拘留されます。

冒頭と同じように、警察の廊下を歩きながら、刑事は同僚からまた聞かれます。

「今夜は彼女とデートかい?」

しかし、刑事は「待ち合わせてます。」とは言わずにこう言います。

「今夜はまっすぐ帰ります・・」

このラストが、ハッピーエンドではないと製作会社に難色を示されて、やむなく変更したのがこの映画の公開版ラスト。

ヒッチコック・ファンの一人の個人的感想としては、やはりヒッチコック版ラストを見て見たかった気がしますね。

そうすれば、映画の物語とは関係のない、冒頭の長いサイレントによる逮捕拘留シーンの意味が大きくクローズアップされてきます。

冒頭のシーンは、初めから、このラストを意識をしたものだったということが理解できます。



ヒロインを演じたアニー・オンドラがドイツ女優で、実は英語が喋れなかったそうです。

トーキー黎明期で、当時はまだ吹き替えという技術もなかったそうで、ヒッチコックはどうしたか?

彼が考え出したのは、外部の音を遮音するボックスを作って、その中にカメラと、英語のセリフを喋る役者を入れ、そのボックスのガラス越しに、英語の録音をしながら、それに合わせて芝居するヒロインの演技を撮影するというもの。

こんな感じだったようです。





そうそう、ヒッチコック映画の楽しみといえば、やはり監督自身のカメオ出演というのがあります。

この作品では、ヒロインが連行される列車のシーンの乗客のエキストラとして登場。

これはわかりやすくて、思わずニヤリ。

いたずら小僧にからかわれて怒り出すというコミカルな演技も披露してくれています。



やがて、「サスペンスの神様」へと登り詰めて行くヒッチコックの、若き日のキャリアを確認するには興味深い一本です。

こうして、作り手の演出意図を勉強してから見るのも面白いものです。

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