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オヒガン・ブリッジ・フォーリンダウン

ブラックドラゴンは目を開ける。

足が剥き出しの赤い土を踏んでいる。

 薄い灰色の曇り空。揺らいで定まらない地平線が何処までも広がり、遮るものは何も無い。
巨大なトリイゲートが赤錆色に聳えている。

 カラスガナイテモ・カエレナイ・・・ウシロノショウメン・カゴメカゴメ・・・
どこからか歌が聴こえる。

一人で歌っているのか、何人かで歌っているのか不明瞭な声で、ワラベ歌。

ニューロンが赤黒い炎の記憶を再生する。狂気しかない存在しない戦い。「俺は死んだか」自分はあの赤黒のニンジャにカイシャクされたのではなかったか。

 記憶を辿る。最後に送ったメッセージ。あいつはあれを読んだろうか。

ここにいる自分は何なのだろう。
死後、魂がオヒガンに赴く。アノヨで憩う。

そんなセンチメントをブラックドラゴンは信じてはいなかった。

 「オーイ! ブラックドラゴン=サン!」「レッドゴリラ=サン、アイボリーイーグル=サンもか・・・!」
「ユーレイがユメマクラに立つだの、オバケが呪うだの、大嘘だな!」「パープルタコ=サンがここにいないのが救いだ・・・」

「ザイバツシテンノが三人もか・・・」
「あの狂人! どれだけ狂い廻ろうとザイバツの支配は揺るがんわ!」

「俺は・・・最後にブザマを晒したな」

レッドゴリラとアイボリーイーグルがブラックドラゴンを見やる。

 まだまだ仕上がっていないアプレンティス。
ついこの間までアッパーの高校生だった、青臭いアトモスフィア。
俺は最期にあいつに何を残したか。

 「お迎えに上がりました」
数分なのか数時間なのか。
ブラックドラゴンの言葉に黙り込んだ三人に、柔らかな声がかけられた。

まったく気配を感じさせないで、朧な場所に女が立っていた。
童女なのか、大人の女なのか判別しない。

鳥の羽のようなキモノドレスを着て、長い黒髪があるか無いかの風に揺れている。
長い前髪の間からバイオフクロウめいた目が覗き、ぎょろりと三人を見据えた。

「ドーモ、サイレン・ニンジャです」
サイレン・ニンジャ。古事記にも名前がある。歌声でニンジャ、モータルの区別なく惑わし、深い水底に沈める恐るべき女ニンジャ。

「あいにくとカロン・ニンジャ=サンは多忙ですので、私がアノヨまでのご案内を」
いつの間にか女は紫色に灯るチョーチンを下げている。

「どうぞコチラに」
手招きする指には、野禽のような爪が生えていた。

 シテンノの三人は顔を見合わせた。
「このままここにいても何もならんか」
「ああ、無念だが俺達は死んだ。何もならん」
「来ないことを祈るしかないな」

 三人は女に付いて歩き出す。巨大なトリイ・ゲートの方向へ。

異形の女ニンジャにザイバツシテンノの三人が追従する様は、見る者があれば伝説のヒャッキヤギョの光景に見えただろう。

 ・・・ハナイチモンメ・・・ホロニガイ・・・ダレノメカクシ・・・マァダダヨ・・・
移動しても変わらずにワラベ歌が聞こえてくる。

 「こうして歩くと、子供の頃を思い出す」
アイボリーイーグルは彼らしからぬ子供めいた声で言う。
「懐かしいな! いつも四人一緒だった!」
「そう考えると、悪くも無かったな」

あのままモータルとして塵芥のような死を迎えるより、四人一緒に駆けられた。
それは紛れもなく幸福だろう。

「行き先はジゴクか?」
「私は案内だけが仕事ですので、それはなんとも」
「まるでキョート観光庁だな」

「あちらでございます」

 さして歩いた感覚も無いのに、女が指し示す方には橋があった。
赤い漆塗りのキョートの庭園によくある形の橋だ。

美しいアーチ型曲線の向こうは――何があるのか判然としない。
灰白色の霧が揺蕩っては、建物があるようにも人影が動いているようにも見える。

 「橋を渡るのはお一人づつでお願いします」

レッドゴリラは巨体で後ろの二人を振り返った。「一足先に行くぞ!」

まずレッドゴリラが先陣を切り、アイボリーイーグルが続き、後ろはブラックドラゴンが守る。これが子供だった頃からの、彼らの順番だ。

カクゴキメタラ、トーリャンセ・・・
子供のような声が響いた。

レッドゴリラの体躯は霧の向こうに消える。

「向こうで待っている」「ああ」

次にアイボリーイーグルが渡っていく。
翼を持った姿が霧の向こうに消えると、ブラックドラゴンは一歩踏み出した。

カクゴキメタラ、トーリャンセ・・・

二歩目の足の裏が、板のきしみを伝えてくる。
レッドゴリラが問題なく渡った橋なのに?
ブラックドラゴンは三歩目で踏み込み、跳躍しようとし――
その瞬間! 右足が踏んだ場所から亀裂が広がる。

橋は赤色を塗った木片と化し、ブラックドラゴンは虚空へと落ちていく。
黒い、深い、なのに不思議と落ち着くような闇の中に。

 
ブラックドラゴンは目を明ける。

足が剥き出しの赤い土を踏んでいる。薄い灰色の曇り空。揺らいで定まらない地平線。
巨大なトリイゲートが聳えている。気が付くと最初にいた場所で、目の前にサイレン・ニンジャが立っていた。

「ここに入っている物があまりにも重いので」
サイレン・ニンジャは小鳥の爪で、ブラックドラゴンの胸元を指さした。

 「橋が壊れて落ちてしまいます」

「何も入れた覚えはない」

「胸の物をお捨てにならなければ、何度やっても同じこと」

ブラックドラゴンは鱗柄の装束の袷に手をやった。
カサリ、と紙の音。取り出すと何の変哲もない、ワ・シのノートの切れ端。


ニンジャになったばかりの少年は、目線をチラチラと定めずに自分を伺っていた。
『マスターにお見せできるものでは!』
ハイクを詠むと言うので、見せてみろと言ったのは自分だ。
ワ・シに並ぶ、傷つき渾沌としたコトダマ。羨望に満ちたコトダマ。

『その句はあなたをイマジナリして・・・・』
その声はどんどん小さくなった。

「シャドウウィーヴ!」

「ハイ!」

「胸を張れ」

若いニンジャは自分を凝視している。

「ハイクもカラテも全てがお前だ。使えば使うほど研ぎ澄まされていく」「ハイ‼」
大きな応答に喜びが込められている。あの時目の端に浮かんでいたのは涙だったのかもしれない。

ブラックドラゴンはノートのページを鉤爪で一枚だけ切り取った。

「マスター?」「俺の事を詠んだハイクなら」

驚愕する顔に、子供の頃のイタズラが成功した思いが蘇ってくる。

「俺が持っていても支障はない筈だ」「マスター・・・」

 ブラックドラゴンはちっぽけなノートの切れ端を、穴が開くほど見つめている。
紙切れはあるか無いかの風に揺れた。

「シャドウウィーヴ・・・」
つぶやきは虚ろな地平に落ちて響きもしない。

怒りと悲しみが綯い交ぜになった叫びが、聞こえた気がした。
『マスター!』

「シャドウウィーヴ!」ブラックドラゴンの叫びは揺らぐ地平に消える。

 ・・・アノコガホシクテ噛ミシバイ・・・ダルマガコロンダ・・・オドレオドレ・・・
サイレン・ニンジャは何も言わずブラックドラゴンを見つめる。

変わらずにワラベ歌が聞こえていた。
・・・・ダレノメカクシ・・・マァダダヨ・・・

 


作中のワラベ歌はアニメ『SHOW BY ROCK‼』に登場する和風バンド『徒然なる操り霧幻庵』の『幻想よ咲け』の歌詞をカタカナにしたものです。

ストーリーは夢枕獏の短編集『悪夢喰らい』に収録されている『中有洞』そのままです。

 

 

 


 

 

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