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リザード/フェアリー

雑誌発売日に本屋にダッシュしただけなのに。
「カードよこせや!」
頭上から5本の鉄パイプが落ちてくる。最悪な木曜日だ。
「ちょっと待てよ! 俺のカードじゃどうにもならないって!」
「関係ねえんだよ!」

身長が俺の胸くらいしかない痩せぎす男が喚く。
「カードありゃやりたい放題じゃねえか!」
「やりたい放題に見える⁉ 毎日10時間バイトしてる俺が? ねえ!」

下から顎を抉ろうとしたパイプが右手のビニール袋を弾いた。
青い袋が破れて茶色の表紙が落ちる。

男どもは嗤いながら、尖った指でページを摘まんだ。
びっしり鉛筆で描いてあるから全部のページは黒くなっている。
「さわんな」

「くっそだせえ!」
「こっちはな、道楽坊ちゃんとは違えんだよ!」
 
「さわるな」

右手を思いっきり叩きつけた。
ビルの外壁と手のひらの間で、ちっこい頭蓋骨が割れる感触。

こんなことに右手使っちまった。
黒い血が流れる頭は、人間の肌色を失っていく。尖った耳に牙。
「やっぱり荒地の子か…」
長く息を吐こうした。
死ね!カードよこせ!
人数が倍になって走ってくる。
クロッキー帖を拾い上げて、ジャンパーの内側に抱え込んむ。
路地を駆け抜けると目指す書店の前に出た。
下りたシャッターに『木曜定休』の文字。
「んがっ」
顔を上げるとシャッター前にいた女と目が合った。高校生くらい。

「なあ、助けてくんない」
「え? 絶対やだ」
「カード盗られそうなんだよ。ゴブリンが8人くらいで」
「だって妖精と魔族じゃカード違うでしょ?」
「どうでもいいみたいよ」
「揉め事は嫌よ。だいたい助けて何のメリットあるの?」
「これでどうよ?『海龍伝マリナー』のカード」
「マジ!レアものじゃん!協力する!」
「ほんっとうに助かる」
思わず両手を合わせてしまった。

淡い光が、彼女の全身から溢れる。
コートとスカートが、黄色い花びらを何枚も重ねたようなドレスに変わる。開いた瞳は虹彩の無いレモンイエローだった。

【続く】

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