イカしてるウチのカレ
いつもこうだ。
具合が悪いと適当な絵文字で返してくる。
彼がお金にいい加減なことや自分に不利なことがあるとすぐに隠れることは、彼の魅力なのだと自己催眠をかける。面の皮が厚いというか、薄い皮が何枚も重なっていて、何度剥いでも本心が見えないようなつかめない人だ。
ミステリアスさに惹かれてるなんて、私はもう若くないのに。
それでも一緒にいたのは、自分が帰る家に明かりが灯っているだけで幸せだったから。
仕事から帰ってくると、見上げた自分の家は真っ暗で、朝電気を消して家を出たから当たり前なことなんだけど、隣の家に明かりが灯っているとちょっとうらやましくなった。
暗い玄関でまず電気を付ける。それから最短距離で棚に向かう。引き出しを開けると、しまったはずの封筒がない。
彼がスロットでとかしているであろう封筒の中のお金は、元々彼に渡すつもりだったものだった。
でもギャンブルに使ってほしかったわけじゃない。
電気を消して、今日は眠る。
深海に沈む。
次の日の朝、彼はまだ帰ってなくて、当分帰ってこないこともなんとなくわかってる。あんな感じのくせして人並みの罪悪感は持ち合わせている彼は、私が封筒のお金をどうでもよくなるまでの時間、身を隠すのだ。
前に一度、雲隠れ中の彼にコンビニでばったり鉢合わせたことがある。
私の家から一番近いコンビニなのだから、避ければいいのに普通にいて、冷凍たこ焼きを買っていた。
コンビニで、しかも割高な商品を買いやがって。
目が合うと、彼はぎょっと固まる。まばたき一つして、とぼとぼ私の目の前まで歩み寄ったと思えば、突然猫だましのようにパチンと驚かし、私がぎょっと固まる間に走って逃げていく。子どもか。
人の金をギャンブルで溶かしておいてデートに誘うなんて彼にはいくつ心臓があるんだろう。
映画館に着くと、入口でポップコーンを食べている彼を見つけた。彼は映画のチケットを二枚持っていた。
昔から誘ってくれるのは、リバイバル上映ばっかりやってる小さな映画館で、今日はゴーストバスターズだった。
暗い場所は自分が一人であることを強く感じるから嫌いだ。
最近の映画館じゃ、ドリンクとポップコーン以外もおしゃれなフードがたくさんあるけれど、ここはない。店員も観客が勝手に持ち込んで食べることを黙認している。かといって、映画館は食べ物や飲み物を食べる場所としては狭くて暗くて最悪で。
でも彼は、余すことなく手を駆使して飲み物も食べ物もいっぱい抱えながら映画を観る。自分の手の中に夢中で常にごそごそしていて、映画を観る気があるのかよくわからない。
今日は景気がいいのか、ポップコーンを私の分も買ってくれた。なぜかそれも彼が持っている。ちょうど私が取りやすいように持ってくれるんだけど、絶対に私が自分で持った方が楽だ。私は狭い席でモゾモゾ動く彼を見ながらポップコーンを食べる。
つまり、彼氏にするには最低な男だ。
働かない上に金は勝手に使う。ヒモ。プー太郎。
我慢の繰り返しの中でほんのひとときの映画だけが二人をつなぎとめるような生活。
だけど、私はずっとしがんでいる。噛むほど味がするはずだと、味のしないスルメを手放すのが惜しくてしがんでいる。
映画終わりの道を二人で歩く。
リバイバル上映だから今さら感想を言い合うこともない。もう許してやるか。
「……帰ってきたら? 家が暗いの嫌なんだよね」
彼は黙ったまま口をとがらせている。
「…なに? 言いたいことあるなら言って」
🦑「……dhiopagiea」
「イカ語じゃわかんないよ」
🦑「fganioagfh!」
「そうだ。この前たこ焼き買ってたでしょ、イカなのに」
彼は十本の足をもつらせながらスマホを取り出した。
私のポケットの中で通知音が鳴る。
映画観てたのにマナーモードにするの忘れてた。
この絵文字がどういう気持ちを指すのかは未だ謎だけど、彼はこれを万能だと勘違いしてるようだ。
『イカしてるウチのカレ』
1650文字
お題:🥸🧑🎤🦑🍿🎰🧯
まさか絵文字を具材にするなんて。
りゃさんご注文ありがとうございました!
代償👇🏻(お菓子の家の建築代行)
#トマソンの鍋 #小説
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