アリよりキリギリス
太陽が照りつける真夏の草原には、さまざまな虫たちが生活している。
真っ黒なアリにとって、太陽の熱はさぞかし暑いことだろう。
そんな暑さの中でも、一生懸命に食べ物を探し出して、巣まで運んでいる。
1匹が食べ物を見つけると、仲間に連絡して全員で巣まで列を作り運び込んでいる。
全員が協力して列を乱すことなく食べ物を運び込む。
しかし、今時の若いアリにとっては、この作業は厳しく楽しくないことのようだ。
「父ちゃん、僕もう歩けないよ。少しでいいから休もうよ」
「何、弱音を吐いてるんだ。今、頑張らないと冬に食べ物が無くなり飢え死にしてしまうぞ。それに女王様に見つかったら大目玉だ」
「だって、朝から晩まで、こんな事ばっかりやってて楽しくないよ。キリギリスみたいに楽しく遊びたいよ」
そう言って、草の上に目を向けた。
キリギリスは草の上に長い足で立ち、バイオリンから心地よい音色を響かせている。
キリギリスの鮮やかな緑色の体が所々、太陽の光に反射して輝いている。
「かっこいいなぁ、羨ましいなぁ。父ちゃん、僕もあんな生活を送ってみたいよ」
「バカ野郎、お前には『アリとキリギリス』の童話を聞かせただろう。あんな風に遊び回ってると、冬に食べ物が無くなって、飢え死にするんだぞ。それでも良いのか」
「でも、すごく綺麗な音色だよ。これを聴いていると癒されて、疲れが吹き飛ぶよ。だから少しだけ、少しでいいから、ここで聴かせてよ」
「ダメだよ、さぼってたら女王様に怒られるぞ。働きながらでも聴こえるだろ」
父親はそう言って息子の手を引っ張り、仕事に戻した。
それからも毎日、アリは食べ物を探しては運び、キリギリスは草の上でバイオリンを弾き続けていた。
キリギリスのバイオリンの音色の素晴らしさに感動したのは、今時の若いアリだけではなかった。
草むらに住む虫達の間でも、キリギリスのバイオリンが素晴らしいと口コミで広がり、キリギリスの立つ草の前には、他の虫たちでいっぱいになっていた。
蝶々やバッタ、カマキリ、こがね虫、そして、かぶと虫までもが集まってきた。
たくさんの虫達は、心が癒され、活力をもらっていた。
その数は、日を追う毎に増えていく。
キリギリスは、たくさんの虫達が集まっていることに気付き、これまで以上にバイオリンを弾くことに気持ちを込めた。
キリギリスは、皆が喜んで聴いてる姿を見て興奮した。そして、もっと喜ばせようと思った。
キリギリスは、毎日同じ曲だと皆が飽きるだろうと思い、夜、帰ってから新しい曲を覚えて練習した。演奏する曲の順番も変えてみた。バイオリンだけでなく歌の練習も始めた。
アリ達はキリギリスのバイオリンを聴く暇はなかった。食べ物を探し出し巣へ運ぶのに忙しかった。
そのおかげで、冬を越すための食べ物を集めることが出来た。
「よし、充分な食べ物を集めることが出来た。これで冬を越せるぞ。キリギリスの野郎、冬になって食べ物を乞うても分けてやらないからな」
「父ちゃんはケチなこと言うね。食べ物集まったんだったら遊びに行ってもいい?」
「ダメだ、食べ物を巣の中で整理しないといけないだろ。これからは巣の中の作業だから暑くないし楽だぞ、よかったな」
「楽でも楽しくないんだよな……」
その後、キリギリスのバイオリンは、他の虫達に聴いてもらうことで一段と腕をあげていった。
歌も皆に披露出来るくらいのレベルまで上達した。
他の虫達は、キリギリスの歌声にも拍手を送った。
「バイオリンも良かったけど、歌も素晴らしい」
皆が口を揃えて言った。
感動した他の虫達は、バイオリンや歌を聴かせてもらったお礼に、キリギリスの為に食べ物を置いて帰るようになった。
キリギリスは、その食べ物のおかげで冬を越すことが出来た。
食べ物と一緒に手紙が添えられることもあった。
そこには
「来年の夏も絶対に聴かせて下さい。楽しみにしています」
そんな内容が書かれてあった。
キリギリスは冬の間もバイオリンを手入れし練習を重ねた。そしてピアノの練習も始めた。
「来年はもっとすごい演奏をするぞ。そして皆に喜んでもらうぞ」
キリギリスはそう言って、皆からもらった食べ物を感謝しながら食べて冬を越した。
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