感情を失った女

小高い丘の上でビー玉を湯がいている少女がいた。
そう、彼女は感情を失った女。

〝感情を失った女〟


私は上田美里、13歳。今日も私は地蔵の頭でボウリングをする。
だって私は感情を失った女。

〝感情を失った女〟


私、最近電気ウナギを飼い始めたの。
黒くて長いよね。
体育の先生も言ってた。
黒くて長いって。

〝感情を失った女〟


即日配達ってなんで?

〝感情を失った女〟


私はおばあちゃんと2人暮らし。
小さい頃に両親が事故で亡くなって、それからずーっと。

でも私は幸せだった。
おばあちゃんだけが私の記憶。
私にとってはおばあちゃんがかけがえのない存在だった。

〝感情を失った女〟


あの日から、私は感情を失った。
意識が遠のいていく中で感情が抜けていくのを感じた。


何この感覚、
私を包むこの無機質な物体は何?

養生テープ?
養生テープを丸めたもの?

あなたは誰?

駅長?
私の最寄駅の駅長なの?

ここはどこ?

落語界?
これが今の落語界なのね。


この蓋を開けて。

〝感情を失った女〟


私は今ここに居ながら別の場所にいる。

そこは暗くて何も見えないけれど音と感触だけは分かるの。

でも私の心へは誰の言葉も届かない。


感情とは自分の体験に基づいて形成されるもの。
感情が消えた時、自分の思い出も消える。
どんな時私は「喜び」「悲しみ」「怒り」を感じたのだろう?

分からない。

〝感情を失った女〟


私が感情を無くしたあの日、

私は焼売を買ってた。商店街で評判の良い。

それだけは思い出せる。


苦しい

焼売のことを考えると胸が苦しくなるの。

なんで?

焼売

苦しい

焼売のタレ

苦しい

焼売の箱

苦しい

焼売の袋

あれ?苦しくない


少し、思い出した。

私のこと、あなたのこと、無くなってた感情とあの日の餃子。


私が感情を無くしたあの日、

私が焼売を買ったあの日、

私は、結構激しめの過呼吸になったの。

結構激しめの過呼吸はあなたが思うよりも結構激しめ。

そう、そのくらい激しめ。


結構激しめの過呼吸と共に吐き出される感情。
私はこのまま点字ブロックになりたい。私を踏んで。
そう思った。


その時駅のホームで倒れる私に誰かが焼売の袋を口に当ててくれた。


あの時の駅長があなたなのね。

駅長、ありがとう。


その瞬間、私に流れ込むように感情が戻ってきた。

見て、一面に広がる前頭葉。
飛び交うシナプス。流れ込む扁桃体。
楽しかったこと、悲しかったことが頭の中に押し寄せてきた。
例えるならねぶた祭の大失敗。


感情ってこんなに豊かで大事なものだったのね。

もうこの感情を忘れない。

絶対忘れたくない。


私は、

私は、本当は

電気うなぎをもう一匹飼いたい。

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