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短編小説集

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2,000~5,000文字程度の短編小説をまとめています。
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#恋愛小説

たったひとつの失恋

濡れたまつ毛をパタパタと、動かす。 彼女は動じなかった、動じないフリをした。唇についた髪の毛を一本ずつ丁寧に取る。ペタリ、ペタリ。塗りたての口紅が線になってほどけていく。 「わかった、今までありがとう」 拳をぎゅっと握りしめると、手のひらに爪が食い込む。これ以上涙が零れ落ちないように、痛みで悲しさを飲み込んだ。踵に血の滲む匂いがする。慣れないヒールを履いたせいで、どうやら靴擦れをしたようだ。こんなことになるのなら、おめかしなんてしなければよかったと、悲しみの中でぼんやり

夢色のラブレター

「面白いんだけど、この展開がちょっと突飛過ぎるかな」 彼は原稿用紙の一部分を指して、私の方を見た。 病院の中庭のベンチに座り、四角い青空に見下ろされながら、私たちはかれこれ1時間会話している。男性にしては長い髪の毛を後ろで束ね、無精髭を生やした彼は、ここ最近毎日私の小説づくりに付き合ってくれている。 少しサイズの小さい水色の病院着と、皮が厚く乾燥した手。そんな職人の手が好きだった。 高校生の私と、25歳のお兄さん。私が父と主治医以外で、初めて心を開いた男性だ。 「なるほど