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20世紀最後のボンボン 第一部 東京篇 第十六章 ギフト 二年目の桜




お堀の桜 写真拝借しました。


春になっても、私はまだ指導に出かけていた。
そして、家にも生徒がほぼ毎日来ていた。
来年、受験の生徒もいた。
入院に備えて、何枚か小テストを作り置きし、
生徒に渡した。
それでも、予定日に全く、赤ちゃんは動きを
見せなかった。いったん、退院して、家の周りを
ボンボンと歩き回っていた。
時には赤坂から青山のほうまで歩いていた。
それでも、何も変わりはなかった。
予定日を過ぎて、一週間たって、
病院から入院するように言われた。
5月も終わりかかっていた。
私は四柱推命の命式を毎日見直していた。
担当医に、帝王切開で、自分の好きな時間に
産むことはできないのかなどと不届きな質問をしていた。
最終的に、カンクン君は深い眠りに入ってしまったらしく、
陣痛促進剤を飲むか、あるいは切るかというところまで
会議をした。
私は四柱推命の師匠に電話して聞いてみることにした。
師匠は自然に生まれてくるから、何も、
しないほうがいいと助言してくれた。
その晩に何もなかったら、明日の昼には切ると
会議で決まって、しばらくして、陣痛が始まった。
当たり前だがあまりの不思議な動きに私は驚いた。
生命がはじまってから、本当に休みなく、
お腹の中で動いていたが、今回は本当に外に出てくるのだ。
こんなにすごいことがあるだろうか。
しかも身体の子宮の中を、というより、
身体の中全部をかき回すように、
上下に骨にぶつかりながら、出たい、出るぞと意思表示を
してくる。
あまりにも動物的な体験である。
もちろん私は痛みで気が遠くなりそうだった。
それでもヒーヒーフーと言い続けないと
赤ちゃんが生まれてこないのではないかと思い、
絶対にやめられない運動の中に投げ込まれていた。
途中で動きをやめられない程、つらいことはない。
そしていつやむかも全く予想ができない。
全く何という体験を私はしようとしているのか、
自分がこんなに痛めつけられているのに、
誰も助けてくれない。そして自分もどうやって
この痛みから逃れられるかわからない。
ただ必死に息をしているだけ。
その日までは2人部屋にいたが、当日朝、
個室が空いたので、引っ越しをした。
それを待っていたかのように生まれようとしてくる
わが子の存在感に圧倒されるばかりだった。

これから生まれてくるのは王様なのだ。
私は体感した。
痛い痛いと騒ぎまわって、
ボンボンもほとほと疲れてしまったころ、
陣痛が定期的になったので、
ようやく分娩室に移された。
9時間はうなり続けていた。
そして、さらに分娩室で、全然出てこなかったので、
2時間、さすがに腹筋も何も弛緩し始めるかというところで、
ようやくカンクン君は生まれてきた。
私は枕元に用意していた、写ルンです。で、すかさず、
写真を撮ったが、赤ちゃんは大人の顔で、
実際、非常に成熟した表情で、ゆっくり生まれてきた。
そして、思い切り赤くなって泣いた。

ちゃんと人間が生まれてきた。

こんなに大きい人間が私の中で一緒に生きた来たのだ。
という感動。

得体のしれない満たされた気持ちがした。



至福。




という言葉が自然に出てきた。


身体をきれいにしてもらったカンクン君を
担当医が私の胸のところにおいてくれた。
目が合った。
今、初めて開いたばかりのピュアな瞳に吸い込まれそうだった。
こんにちは。とかハローとかグーテンタークとかボンジュールとか
ニイハオとかアンニョンハセヨとかヤクシムシスとか
もう知っている限りの言語で、挨拶をした。
そして「ありがとう」といった。
カンクン君はその瞳で微笑んでいるだけで、何も言わなかった。
二人でただ見つめあうだけだった。


確かに私が生んだことはわかったのだが、
同時に神様から大変なギフトを預かってしまったという
責任感に押しつぶされそうになった。


ちゃんと大事に育てますから、と心に誓った。


身体は力をずっと入れていたため、筋肉が弛緩して、
震えが止まらなかった。悔しい時しか泣かなかった私が
このあまりにも神秘的な体験で、ただ涙を流していた。
あまりの嬉しさに涙を流すしかすべがなかった。

世界中の生命とつながったように感じた。

第十七章 相性
に続く


What an amazing choice you made! Thank you very much. Let's fly over the rainbow together!