鈴木誠也〝ベンチ塩漬け〟の後味の悪さ

カープのベンチ

おもえば、昭和30年代の王・長嶋時代から昭和50年にはじまるカープの黄金期、さらにはパ・リーグ西武ライオンズの絶頂期、阪神タイガースのバース・掛布・岡田が揃い踏みして覇を競っていた頃、野村監督時代のヤクルトスワローズの愉快な野球、そして近鉄バファローズの「いてまえ打線」に酔い、イチローに驚嘆し、長くつづいたカープの低迷と、黒田・新井が復帰しての3連覇と、長くプロ野球を観戦してきた。

その間、試合の展開とともに、またひとつのプレイに興奮したり落胆した李、さまざまな感情が交錯してきた。その累積が、わがプロ野球観戦史ともいえるわけだが、一昨日のカープの試合は、かつて経験したことのない後味の悪さを味わわされた試合として記憶されそうだ。

2021年10月3日。ズムスタでのカープ対スワローズの22回戦。この試合で鈴木誠也がベンチスタート。そして、ついに一度もバッターボックスに入ることなく試合は終わってしまった。
前回の月間MVPにつづいて9月も連続受賞かと目されるほど、ここ最近、異次元の好調さを維持していた4番打者のベンチスタート、そして不出場。この異様な事態にベンチへの不信感が拭えなかったのだ。

チームの4番打者がスタメンを外れる。あるいは、体調不良で出場を控える。そんな光景はこれまでにいくらでも目撃してきた。絶不調がづけばスタメンを外されるのも仕方がないし、体調が優れなければ出場を控えることもあるだろう(歴代のカープの主軸にそんな選手はいなかったが)。

ところが、昨日の〝鈴木誠也のベンチ塩漬け〟は、これまで見てきたケースとは異なっていた。どうにもぬぐい切れない違和感が、ゲームの開始から終了までおさまることがなかった。

事件は一昨日の試合だったが、伏線はその前日の試合にあった。
カープが1対8の7点ビハインドで迎えた8回裏。堂林と小園がヒットで出て1アウト一、二塁。ここで3番の西川に3ランホームランが出て4点差になったところで次打者の鈴木が四球を選び、追撃ムードが膨らんだ。

ところが、その雰囲気に感電したかのように、ここでベンチが動く。なんと鈴木に代えて代走に羽月を起用したのだ。
点差は4点。次の回にチャンスが訪れて塁が埋まれば、4番まで打順がまわってくる可能性が高い。それにもかかわらず、鈴木をあえてベンチに引っ込めたのだ。

「えっ、えっ」
唖然、とはこのこと。
それは当の鈴木選手もご同様だっただろうし、ベンチにも首を傾げた選手・コーチも少なくなかっただろう。

つづく坂倉、菊池にヒットが出て、つぎの7番林の代打・長野までまわったため、9回の攻撃ではふたりが出塁すれぱ4番打者にチャンスでまわってくる展開になった。
その可能性をカープベンチはみずから摘んでしまったわけで、間接的にギブアップ表示をしに等しい采配だった。
現実には9回は三者凡退、そのまま試合は終わっている。しかし、これも勘ぐれば8回の鈴木の交代で反撃ムードに水を差したベンチの判断が影響しての悪い流れだったといえないこともなさそうだ。

そして、問題の一昨日のゲーム。
病院に家人を見舞って、2時半ごろだったか帰宅してテレビのスイッチを入れて見ると、どうも打順の並びがおかしい。ネットで調べて鈴木選手のベンチスタートを知った。
そのとき「何かある」と直感したのは、長くカープをウォッチしてきたものの臭覚(ちょっと怪しいが)というものだろう。

ツイッターでも冗談めかしてつぶやいたが、鈴木選手が首脳陣に意見して、あるいは希望(4番打者は最後までゲームに出るべき論)を申し出たことで干された。それが第一勘だった。

首脳陣批判は球団フロント批判と同義であるとの認識がカープとその周辺にあるのは公然たる秘密で、チーム内はいうに及ばず、メディアがそれをすることもタブー視されている。
ライター連中も忖度してか、カープを語る言説にそれを見かけることはほとんどない。
なかには「オーナーのことを書く(賛辞する)ために私は生まれてきた」なんて、こっちが赤面してしまいそうなおべんちゃらを平然と著書に書いて悦に入っているような重篤な患者が出現してくるような環境なのだ。

そんなことが習わしになっているせいか、ことさらカープ内では首脳陣批判に敏感らしく、意見や具申がそれと同義と解されて干されたり二軍に降格となったらしいケースは枚挙に暇がない。

ツイッターでは、「球団フロントによるアリバイづくり」も候補にあげた。というのも、途中交代させた日のネットでは、佐々岡監督のこの交代への疑問、抗議がわき上がっていたからだ。
その「やかましい声」を納得させるために、「鈴木の体調が思わしくなかったことにしろ」と球団の上層部が支持したのではないかという疑いだ。

もちろん、ほんとうに鈴木誠也が体調不良であった可能性は否定できない。
もしそうであっても代打出場は可能だったはずで、イレギュラーな起用法というか、不可解な不出場だったという疑念は拭えない。

というのも、この試合で鈴木選手は、いつもとかわらぬ練習をしていたという。つまりバットは振れる状態だった。
だとすれば、チャンスでの代打は前提になったはず。にもかかわらず、すくなくても二度はあったチャンスに彼の名前がコールされることはなかった。

その『イレギュラー論』を補強してくれたのが、中継での解説者だった。かれは終始鈴木選手のベンチスタートの理由についてはかりかねてのことか言葉を濁し、暗に不可解な起用法であることをほのめかしていた。
その解説者はカープの監督経験者。ご本人も似たようなことをしたという負いがあったのか、なるべく触れたくないという印象で、「鈴木が出られないというなかで…」といったきりで、具体的な理由についてはいっさい言及しなかった。

現監督については、謎の選手起用、迷采配を乱発しているので、「出し忘れてしまった」ということも考えられないこともない。しかし、ことの経緯を俯瞰してみれば懲罰的な意味合い、あるいはアリバイづくりだったことを完全に否定することはできない。

翌日の地元新聞の記事をチェックしてみた。
やはりこの社も「触れたくない」という書きっぷりで、ついでのように「体調不良など」で出場しなかったと、「など」付けで曖昧に記述して逃げていた。
スポーツ紙もいくつか目を通してみたが、球団フロントに忖度してか意図的にスルーしているようで不気味だった。
唯一、これに言及していたのがスポニチだった。
「高津YS3連勝」の3段抜き記事のついでの小ネタのような扱いだったものの、その中できっちりとこの件について取り上げていたのは立派というほかはない。

佐々岡監督は「ずっと連戦でレギュラーとしてやってきた中で疲労もある」と説明し鈴木誠の代打起用も回避した。

と、代打起用もなかったことを疑問視するような書きっぷりだった。
たぶん、この記事がコトの真相にもっとも近い記述だったろう。
「ずっとレギュラーでやってきて連戦で疲労している」選手は鈴木誠だけではない。
佐々岡監督のコメントは意味不明で、理由は別のところにある。この記事はそう読めたのだ。

ネットでは、この試合「4番バッターがズルを決め込んだから負けたのだ」などというお門違いのコメントが散見できた。実際にそう感じたファンも少なくはないのだろう。

「試合に出たくない」
こんなたわごとをいうような選手がプロ野球の現場にいるわけもなく、ましてそんな無自覚な選手が4番をはれるはずもないことは言わずもがなで、出す出さないは監督の専権事項。選手が勝手に決められるわけがない。

拙著でも何度も言及してきたことだが、選手からはセンシティブな発言ができないことをいいことに球団フロントは、みずからに都合のいいようにメディアをコントロールしファンを欺いてきた。
そんな思惑にまんまとはめられているように見える残念なファンが少なからずいることを知って、またなんとも言えない後味の悪さを覚えてもいる。


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