創造の魔法使いのお話

創造の魔法使いのお話


世界がまだ、形も記録もなき曖昧な霧靄でできていたときのことです。その頃の世界は、時には水中の夢を写し出し、時には雨が降り続き、時には柔らかい毛布にくるまれた暖かな世界、そういうふうにいつも姿かたちを変えていました。
今のようにはっきりと水晶の星や、灰色の月などと決まったものは何もなかったのです。
ただ、小さな妖精や、伝説の生き物などはこの頃からいたようです。どこにいたのか、いつからいたのかはわかりません。しかしそれらの生き物は、曖昧な世界に包まれていてひょっとしたら次の瞬間にはいなくなってしまう、そんな不明瞭な存在でした。
あれこれと世界は形なくさまよい移り変わりをくり返していた、そんなとき、一つの赤く燃える感情が世界の中心にできました。
それは怒りのために真っ赤に燃え、熱く熱く渦を巻き、宇宙に浮かぶ星の誕生のようにグツグツと煮えたぎっていました。
「苦しい、哀しい、すべてを焼き尽くしてこの世界を破壊してしまえ」
そんな赤い星が、この曖昧な世界の中心にできてしまったのです。憎悪を抱えた哀れな赤い星です。
世界はたちまち中心の星に熱されてぐらぐらと揺れ始めました。水の夢は雨になり、熱されて霧や靄がたくさんでき、暖かな毛布は赤く光り焼けました。世界は何日も何日も燃え盛り、7日目になるともう何も焼けるものは残っていませんでした。長らく雨が降り続き、赤く燃える星はゆっくりと冷やされていきました。
赤い星は雨にうたれながら考えました。
どうしてこんなに憎いのだろう。私は生まれたとき、すべてを壊したいと思った。私は何者なんだろう。わからない。わからないけれど、燃えたぎるような苦しみと憎しみが私にはある。私は生まれたばかりなのに自分をも壊したくなる。
どうして?
赤い星は疑問に思いました。けれど襲ってくる憎しみに逆らうことはできません。赤い星はグラグラと目の前が真っ赤になったような気がしました。怒りが、苦しみが心の中で暴れまわります。
何度も何度も考えて、赤くなったり我に返ったりと点滅しているうちに、赤い星はいつの間にか眠ってしまいました。
赤い星の表面が冷え切ってしまうと、世界は全く変わっていました。灰を帯びた大地が白く固まり、その所々には大きな透明な水晶や、青や緑の蛍石などが地面から生えています。そしてあたり一面に雨が降っていました。雨は水晶たちの上で跳ね、大地のくぼみを伝って低い場所を目指して流れ出していきました。

さて、太古の曖昧な世界のうちから、小さな妖精や、伝説の生き物たちが住んでいました。多くは消えたり現れたり、生き物といよりも夢のような不確かな存在でしたが、その中でもとある妖精たちは長く世界にとどまっていました。
それは30人の妖精と、妖精のお姫様です。妖精たちは霧の森の奥に紛れて建つ小さな家に住み、そこで植物とともに生きていました。
妖精のお姫様は最初に生まれた妖精で、少しだけ大きな姿をしています。30人の妖精たちはみんな兄弟で妖精のお姫様に仕えるために生まれました。はじめは妖精のお姫様にも二人の妹たちがいましたが、世界が曖昧なのでいつしかお姫様は一人になっていました。寂しくなったお姫様は霧の森のひときわ大きな木に願い、30人の妖精たちが生まれたのです。妖精たちはみんな植物の名前をしていました。
お姫様は毎日妖精たちが作った美しいドレスをきたり、森を見廻ったり、生まれては消える夢のような生き物たちのことを書き留めて残るようにしたり、そんなふうに過ごしていました。
ところがあるとき、世界の中心に赤い星が生まれ、世界はどんどん焼けて崩れていきました。霧の森も星の灼熱によって焼かれてしまいました。
お姫様と30人の妖精は、赤い星の怒りと苦しみを感じ取り、たいそう哀れに思いました。崩れ行く森の中を飛びながら、お姫様たちは考えました。
どうしたら、あの星を救えるかしら?
どうしたら、あの星を鎮められるのかしら。
それと同時に、今までの曖昧な世界が確かな輪郭と色彩を帯び始め、一つの形になろうとしているということに気がついたのです。
世界が生まれ変わるのだわ!
それに気がついたとき、お姫様と妖精たちはあることを思いつきました。
この苦しみ、この怒りは世界を壊すけれど、新しく作り上げるものでもある。
灼熱に焼けて森や今まであった夢が白い灰になって降り注ぎ、水は水蒸気に変わって立ち込め、とうとう雨が振り始めました。お姫様と妖精たちは水蒸気の中を飛び何とか熱から逃れると、灰の大地に降り立ちました。そして、まだ熱く燃える赤い灰をすくい上げ、まだ残っていた僅かな白い布をかき集めました。赤い灰で布を染めると、お姫様と妖精たちは魔法の帽子を作りました。完成するとお姫様は帽子に魔法をかけ、30人の妖精たちの存在を織り込んだのです。妖精たちはみな自ら帽子の中に入っていきました。
それから一人になったお姫様は、赤い星の近くまで飛んでゆきました。その頃にはもう赤い星は眠りにつき、大地には水晶の群れができて雨に打たれていました。
お姫様はねむる赤い星にそっと近づくと赤い帽子を星にかぶせ、それから赤い星の中でひときわ赤く輝く心にそっと触れました。するとお姫様の姿は溶けるように消え、赤く光る心は透き通った宝石のような珠に変わっていました。お姫様は最後の力で煮えたぎる心を美しい赤い珠に変え、自分自身が赤い星の心を覆う殻にったのでした。
赤い星の心は魔法の宝玉に変わりました。
こうしてお姫様と妖精たちは世界から姿を消しました。でも彼らがいた痕跡は今も世界に残っています。
お姫様が妖精たちのことを書き留めた図鑑のようなノートは、今は灰色の月の書庫においてあるのです。

世界はすっかり変わっていました。白灰色の大地、突き出た水晶の群れ、雨が止む頃には海ができ、その反対側には高い高い山ができていました。山の麓には森が広がっています。生き残った植物たちの種がいつの間にか成長していたのです。
ようやく落ち着いた静かな世界の中で、一匹のウサギが目を覚ましました。
ウサギはまずはじめに、どうして自分はここにいるんだろうと不思議に思いました。自分が何者で何故生まれたのかよく思い出せないでいたのです。
ウサギはあたりを散策して回りました。青く澄んだ空、美しい森、美しい白灰色の岩山、輝く海。海の向こうは白い霧に覆われていて何も見えません。
ウサギは自分の姿を良く見ようと水の中を覗き込みました。そこで初めて、ウサギは自分が赤いとんがり帽子をかぶっていることに気が付きました。それから手元には赤い宝玉の杖を持っていました。
その杖の先の宝玉を眺めているとウサギは突然、今までのことを思い出しました。
そうか、私は怒りと苦しみと悲しみに支配されて、いつの間にか眠ってしまったんだ……でも、誰が帽子をくれたんだろう。わからない。
帽子はとんがり帽子です。とんがり帽子は魔法使いの印。手に持っていた杖も、古来から魔法使いが持つものです。
私は魔法使いなのかもしれない。
ウサギが、そう思ったとき、帽子が囁いた気がしました。
「そう、破壊のあとには創造があるの……あなたは創造の魔法使いよ」
ウサギはハッとしました。
創造の魔法使い。そうか、私のこの怒りと苦しみは、そうやって使えばいいんだ。
ウサギは嬉しくなりました。そしてウサギはこの世界の形を、自分が作ったんだということに気が付きました。
私は世界をつくった!
ウサギはとてもすがすがしい気持ちでした。そして、この世界がどうなっているんだろう、と隅から隅まで見てみたい気持ちになりました。
旅に出よう。この世界を見て回ろう。
ウサギはぴょん、と杖に乗って白灰の大地を蹴って飛び立ちました。
自分が何を作ったのか見てみれば、もしかしたら自分がなぜここに生まれたのかわかるかもしれない。
そんな期待に胸を膨らませてウサギは宇宙に消えていきました。

そうして旅をしていつしかすべてを知ったうさぎは新しく創造したり、壊したりしながらこの世界に手を加えてゆきます。この世界、どこかに行きたいのなら赤うさぎを頼るといいでしょう、彼女は何でも知っていて、この世界のどこにでも行ける存在なのですから。


2022.4.11

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