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私たちはなぜ『産後ケアホテル』をつくるのか?《前編》

こんにちは。ホテルプロデューサーの龍崎です。

以前、Twitterなどでも少しご紹介したように、今、「産後ケアホテル」事業に取り組んでいます。3年くらい前からずっと描き続けてきた夢のひとつがついに形になりそうで、身が引き締まる思いです。

想像以上に多くの方々から反響をいただきまして、大変ありがたく思っています。中でも、実際に出産経験のある方々からの「自分の時に欲しかった」「自分の娘が子供を産む頃には当たり前にあってほしい」というような声や、「これがあれば女ひとりで子供を産むという選択肢も選べそう」「2人目を前向きに考えられる人が増えそう」というような声も多く届き、とても心強く感じています。

まだ計画段階ですので、最終的に実現できるか決まっているという訳ではないのですが、場所の目処も立ち、ボリュームやサービス、行政や医療との連携スキームといった具体的なところも少しずつ見えてきている状況です。

今までホテルを作ってきた身として、この『産後ケアホテル』が日本社会(日本に限らず、世界中の様々な社会においても)、そして宿泊業という商いにとって、そして自分自身にとっても、非常に意義ある一歩だと信じてならず、必ず実現させたいと思っています。

今まで、取材や講演などの機会をいただいた時にチラチラ話に触れたことはあったのですが、『産後ケア』の必要性、そして宿泊業として取り組み意義について今までしっかりとお話しする機会はあまりありませんでしたので、この『ホテル経営企画室』の場で、今わたしの頭の中にあることをお話しさせていただきたいと思います。


日本における産後の女性の抱える課題

わたし自身は今24歳で、まだ子供はいないのですが、そう遠くない未来で子供を望むことはあるかもしれません。10代の頃は妊娠や出産・育児に関してあまりリアリティを感じていなかったのですが、少しずつ歳を重ねて、自分の少し先輩世代の方々が実際に結婚・出産といったライフステージを迎えていくにあたって、それらを取り巻く様々な課題の解像度がどんどん高まり『いや子供産むの大変すぎちゃう???みんなこれ乗り越えたのすごすぎちゃう???』と痛切に感じるようになってきました。

これまでの世の中には、少なからず「母親になったのだから、子供のために頑張って当然だ」「弱音を吐くようでは母親失格」とでも言わんばかりの風潮があったように感じています。

とある女優の方が、出産の際に韓国の産後調理院を利用されたというニュースが報道された時、お昼のワイドショーで毎日のように「セレブ出産」と揶揄されたり「なぜわざわざ海外で」と批判されたりしていたのを、当時高校生だったわたしは見ていました。

ドラマや映画を見ていても「家族に献身する母親像」に人間味を感じないというか、それまでミニスカを履いたり髪を染めたりライブに行ったり仕事をしたりと自分らしくあることを楽しんでいた人々が、「母親」という肩書きを与えられた瞬間、それまでの当たり前の生活を全て奪われて、愛する子のため家族のために尽くすことが当然であり、それは「母親」をする上での必須の無償労働であるというような風潮にずっと疑問を感じていました。

「母親」であることはあくまでその人の一部であるにも関わらず、その人の人格全てを侵食し、「聖母像」を全うしなければならないという呪縛。そんな空気がずっと漂っていたように思います。

それが最近は、「大変なものは大変だと言っていいし、大変さを解決できる手段はどんどん活用していい」という風に変わってきているような肌感を感じています。そういう世の中の動きもあり、また、SNSで育児アカウントが流れてくる機会が増えたりもしたことで、わたし自身産後の女性がどのようなことに課題を抱えるのか、あるいは課題とはいかないまでも、満たされない"不"を感じるのか、実際の声を知る機会がここ数年でとても増えているように思います。

そもそも、普通に考えて人間の身体の中で1年かけて人間を育てるということ自体、改めて考えるととんでもないことだなと思います。胃が圧迫されたりつわりで気持ち悪くなったり中で無理して栄養とって自分の血液で胎児を育てて、足も腰も痛い中で電車乗って出勤して時に知らない人に妊婦だからって舐められてどつかれて怖い思いして、お腹のなかの子供が無事なのか不安になったり、それまで着れていた服が着れなくなったり、体重が増えたりしてナーバスになったり、というのをリアルに想像するだけで、毎日めちゃくちゃ褒めそやしてくれてわがままをなんでも聞いてくれたりでもしない限り全然割に合わないとわたし個人は思うのですが、それはどうやらまだまだ序の口のようで。

出産の際に股が裂けないようにするためにハサミで切る、しかも陣痛の痛みが勝るので切られる痛みはあまり感じない、という話を聞いたときは恐ろしすぎて「これで出産は病気じゃないとかありえないだろどう考えても大怪我だろ・・・」と普通に思いました。

産後の女性が大変なのは、もちろん身体面だけではありません。産後うつ、社会復帰への壁など、心の面や社会的な面にも及びますし、子供ができてからパートナーとの関係が悪くなってしまったという話も耳にします。そういった、産後の女性にある孤独感や心理的不安定さは、その後の家族関係にもダメージを与えてしまう可能性があると思うのです。

自分の親に手伝ってもらうというのも、現実的な選択肢ではありますが、そんなに単純な話でもありません。私の両親は家庭のことに協力的な人なので、おそらくありがたいことに孫の育児も手伝ってくれるとは思いますが、逆に、親との関係性が良くなかったり、体調や職業の関係で親に負担をかけられなかったり、住んでる場所が離れていたりして、親には頼れない人も当然いるし、むしろそういう人が大半ではないでしょうか。

仮に親に頼れるとしても、親が自宅にに出向いてくれる場合、どんなに仲が良くてもずっと一緒にいたらお互いストレスもたまるし喧嘩もするし、親の住居や生活の手配をしたり、夫と親の関係を取り持ったりと別の気を使ったりもする。一方、女性が里帰り出産をする場合、1番大事な時に夫婦が離れてしまうことによってその後のパートナーとの家族の一体感の形成が難しくなったり、人によっては不倫などの原因を作ってしまうなど、家族関係にダメージを加えるような要素が少なからずあると聞きます。また、パートナーのご両親や親戚などが赤ちゃんに会いに家に来る時に、部屋を片付けてお茶を出して料理でもてなして…と、ただでさえ満身創痍なのにさらに負担が増えてしまう。

こういう状況って、家族関係としてハッピーじゃないわけです。これまで、「母と子供の愛」みたいなふわっとしたもので、よく包み隠せてきたなと思うくらい、こんなにもストレスフルな状況が産後の女性や家庭にあり、しかも、方法次第では解決可能な課題にも関わらず放置され続けて何十年経っても同じ壁にぶつかり続けている。

その上、これらの様々な潜在的な課題は、子供を産む役割が女性というだけで「女性の問題」と捉えられがちだったり、それらを改善しよう働きかける過程で意図せず男性に対し批判的な構図になり、余計に分断や対立が生まれてしまったりするというような悪循環が繰り返されているように感じています。

子供が生まれるということは、(特に一人目の子供が生まれる場合は)それまでパートナー間のふたりの間で成り立っていた関係性から、

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ホテルプロデューサーの龍崎翔子が日々考えていること、これからやろうとしているアイデア、実現までの取り組みなど、ヒント満載のコラムをお届けす…

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