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栞日INNが描く「暮らすように泊まる」宿|偏愛、わたしのホテル #5

L&Gで働くスタッフや、いつも応援してくださる皆様と一緒にお届けしてきた「なくならないでほしいホテル」から派生して、新連載をスタート。ホテルの中の人を執筆者に迎えた「偏愛、わたしのホテル」をどうぞお楽しみください。

こんにちは。長野県松本市で、宿〈栞日INN〉を営んでいます、〈栞日〉代表の菊地です。

松本は「北アルプスの玄関口」と呼ばれる城下町で、その雄大な山並みに見守られて、おおらかな時間が流れています。市全体の人口は24万人と、県内では県庁所在地の長野市に次ぐ第2の規模で、来年度には中核都市への移行も目指しているのですが、これは平成に合併を繰り返した結果、県下最大の面積(全国23位)を擁したためで、街場で生活していても、いわゆる「密」を感じる機会は、ほとんどありません(実際、面積の3/4は森林で、人口密度は100m×100mの面に10人ほど)。江戸、明治期には度重なる大火に見舞われたものの、戦火を免れた中心市街地は、昭和の駅前再開発を経た現在も、国宝松本城を起点に広がる近世以来の区画を残し、それゆえ、生活も観光も徒歩圏内で完結する、心地よいスケールを保っています。

一方で、城下に多種多様な職人が召集され住み着いたことに端を発する手仕事の文化は、やがて戦後の民藝運動と結びつき、30年ほど前からは「クラフト」と装い新たに引き継がれ、この街の個性のひとつとして、着実に根付き、裾野を広げています。ほかにも、音楽や演劇、美術など、多彩なカルチャーシーンが息づくこの地方都市には、その文化の香りをかぎ取った人たちがIターンやUターンで続々と加わり、いつでも新しい風が吹いているように感じます。江戸の昔から幾つもの街道が交わる交通の要所として機能していた街なので、いわゆる「よそ者」や異質な文化が出入りすることに、土地の人も慣れていて寛容なのでしょう。新参者にも常に余白が残されている、という印象を受けます。

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と、まるで分かったかのように松本を語る僕は、静岡県静岡市の出身で、茨城県の大学を卒業したあと、就職先の旅館がこの街にあったというだけの理由で松本に越して来る10年前まで、松本の「マ」の字も知りませんでした。この街の規模感や気候風土、住民気質などに魅せられて、駅前大通りに書店兼喫茶〈栞日〉を開業したのが、2013年夏のこと。同じ通りの数軒隣りで空き家になっていた元家電販売店をリノベーションして、移転リニューアルオープンしたが、2016年夏のことです。

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開業以来、「移住者の若者が始めたカフェ」というイメージが、メディアの上をひとり歩きしたのでしょう。カウンターの中に立っていると、「松本へ移住を考えているのですが、実際に暮らしてみてどうですか」とか「いま松本でレストランを始めるなら、どのエリアがよさそうですか」とか「店舗物件を探しに来たのですが、どこかにいい空き家はありませんか」とか、そんな相談を受けることが多くなりました。そうなって初めて僕は、この街が大都市圏からの移住先として、人気候補地のひとつである、という事実を知ったわけです。

と同時に、思いました。1泊2日の旅行では、たとえコンパクトな市街地だけでも、そこに点在するユニークな個人店を巡っていたら、あっというまに時間切れになってしまう。これから住みたい土地が自分に合っているのか見定めるのであれば、せめて1週間、あわよくば1ヶ月間くらい、滞在しながら考えてみてほしい、と。そして、移住を検討する際に、現地に暮らすように泊まりながら、街を散策するときの基地として使ってもらえる宿があったらよいのに、と考えました。この妄想に対して、店の移転するタイミングで、旧店舗に手を加え、形を与えて生まれた宿が、毎回ひと組限定で中長期滞在が前提の宿泊施設、〈栞日INN〉です。

僕としては、その構想段階から、同じタイプの宿が全国各地の地方都市に点在していて、移住を志す人たちが、それらの宿を転々としながら、幾つもの街で「仮暮らし」を試みて、その比較検証の末、住む土地を決める、という日本になったら理想的だな、と考えていて、〈栞日INN〉がそのモデルとして各地で応用されることを願っています。いまはまだ、その道半ば。だから、このコロナ禍で目下休業中とはいえ、それを理由に宿をたたむという選択肢が、僕にはありません。

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とはいえ、治療薬とワクチンが開発されて、充分に供給されるようになるまでは、この地域内における感染拡大の再発を防ぐ観点から、広く圏外からの利用を積極的に呼びかけることは難しい、と考えています。まずは、同じ生活圏から。

〈栞日INN〉には、移住検討期間に「仮暮らし」するための基地、という機能とは別に、もうひとつの役割を想定しています。それが、リモートワークできるクリエイターが、普段とは周囲の環境を変えて創作活動に取り組むためのサテライトアトリエ。当面は、こちらの姿に光を当てて(1週間以上の滞在という原則も外し)、同じ街や近隣の街に暮らす人たちにとって「創作の場」として活用される宿を目指したい、と考えています。この文章を読んでくださったみなさんとも、いつの日かお目にかかれることを願いつつ、小さな経済を小さな地域で支えることから、リスタートを試みます。

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文:菊地徹(栞日INN オーナー)
写真:kokoro kandabayashi


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