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“ストリート出身”異色の「瀬戸内リトリート青凪」支配人が明かす「最強の支配人レシピ」

ホテルをとりまく業界の先輩たちから龍崎翔子が学ばせてもらう対談企画「ニューウェーブホテル概論」。新型コロナにより移動が制限される中、オンライン通話を活用して連載を続けることになりました。

こうしたイレギュラーな形での対談に応じてくれたのは、瀬戸内に存在するラグジュアリーホテル「瀬戸内リトリート青凪」総支配人の吉成太一さん。建築家・安藤忠雄氏がデザインした客室7室のみという贅沢な作りが特徴の「瀬戸内リトリート青凪」ですが、これからの時代のホテルのあり方についてどんな考えをお持ちなのでしょうか。画面越しの撮影画像を交えて、対談の様子をお届けします。(※取材は4月16日に行われました)

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吉成太一 「瀬戸内リトリート青凪」総支配人/福島県出身。コンサルティングファーム出身のホテルマンとして、イベント企画を中心にアート活動を行い、40もの音楽イベントやアートインスタレーションをオーガナイズ。2017年に「瀬戸内リトリート青凪」の総支配人へ。ミシュラン最高評価をはじめ、国内外での評価を獲得している

前支配人がいなくなり、ある日突然支配人になった。

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龍崎:このようなタイミングで取材を受けていただいてありがとうございます。本当はホテルまで伺いたかったのですが、本日はオンラインで失礼します。「瀬戸内リトリート青凪」といえば、建築家・安藤忠雄氏によるデザインのラグジュアリーホテルとしてとても有名です。せっかくなので、もしよければ、オンラインで簡単にホテルのご案内をいただけませんか?

吉成:是非よろしくお願いします!こんな形での案内は初めてですが(笑)。僕が今いるのはDJブースのあるラウンジなんですが、外がインフィニティプールになっています。ここは写真などでも見られたことがあるかと思います。ラウンジの扉を開けるとプールまでワンフロアにできて、ここでパーティができるんです。この場所はもともと美術館を併設したゲストハウスだったんですが、今もフランク・ステラなどの絵画を飾っています。ここが2階で、このまま5階の客室まで移動してみますね。

龍崎:お願いします!

吉成:5階に到着するとすぐにお部屋があります。この部屋は天井が8メートルあるメゾネットになっていて、瀬戸内海が一望できるんです。ここがホテルで一番高いところで、標高は500メートルもあって、だいたいスカイツリーの展望台と同じくらいの高さだそうですね。

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龍崎:このお部屋でいくらくらいですか?

吉成:1泊2食付きで一人8万5000円くらいです。創業当時はこの部屋30万円(一人15万円)で売り出していたんですが、全く売れず、すぐ2週間後には1室14万円台(一人約7万円)になりました(笑)。そこから少しずつ単価をあげられるような工夫をしてきた感じです。このホテルは損益分岐点が異常に高いので、かなり経営が難しい。いろんなホテル会社さんにお話があったそうですが、最終的にわれわれ温故知新が運営をすることになったんです。もともと僕たちの会社は当時コンサルをメインにしていたのですが、運営している実績がある方が会社として説得力があるということで、儲けが少なくてもやる意味があるんじゃないかと、思い切って運営に乗り出した初のホテルでした。

龍崎:ここの運営を温故知新さんが始めたのが2015年の12月ですよね。吉成さん自身はどのようなキャリアを?

吉成:2015年くらいまで5年くらい栃木県の那須高原にいたんです。その前は渋谷のど真ん中のベンチャー企業でコンサル営業とかをやってたんですが、リーマンショック後に都内の一部の若者の間で「バック・トゥ・ザ・ランド」というアメリカ西海岸発祥の脱都会なカルチャーが盛り上がってきて、例に漏れず僕も奥さんと一緒に地方に引っ越して。森の中の一軒家を借りて住み、そこにサウンドシステムを持ち込んで、DJパーティやったりしていたんです(笑)。そこでの生活の糧として森のリゾートでホテルマンをやっていたのですが、原発事故が起こって、子供が生まれたばかりだったので、チャンスがあれば遠くへ行きたいなと感じながら生活していた時に「瀬戸内リトリート青凪」が開業すると聞いて、役職なしの一従業員として雇ってもらったのが最初でした。

龍崎:かなり異色の経歴ですよね。

吉成:変な奴が来たと思われてたでしょうね。しかも、思ったことをすぐに口に出すタイプなので、上の人たちからは嫌われていたと思います(笑)。でも、ある時、支配人や料理長たちが総上がり(=従業員がそろって同日に辞めること)しちゃったんです。それがピークシーズンの8月10日。誰もいなくなっちゃったからその場にいた吉成が消去法的に支配人だと。その絶体絶命な状態から今のキャリアがスタートした感じです(笑)。


多数のアワードを受賞した背景と理由

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龍崎:壮絶すぎます・・・・。伺ったように、吉成さんっていい意味で野武士みたいなイメージがあって、ホテルのお作法とかに従うのではなく、独自で今の「瀬戸内リトリート青凪」のイメージを作り上げた最強の支配人だと思うんですね。一体何をすればこんな素敵なホテルを作ることができるんですか。少しエッセンスなんかを教えてください。

吉成:聞いてくださってありがとうございます(笑)。まず、価値って希少性にあると思うんです。「こんなの他にない」と言わせたらここにしか来ないだろうと。だから、他とは被らないことが重要なんですが、これまでストリートカルチャーをラグジュアリーホテルに持ち込んだ人っていなかったんです。いわゆるラグジュアリーなホテルはたくさんあるし、安藤忠雄建築のホテルも実際にはたくさんあります。希少性を生むのはなんだかんだソフト部分なんですよね。支配人の仕事は宿の圧倒的な差別化を図ること。つまり、変なことをしていないと勝てないんです。

龍崎:吉成さんが持つストリート文脈をラグジュアリーホテルに持ち込んだと。

吉成:僕は趣味でDJを17年くらいやっていて、昔から稼いだお金はレコードとダンスフロアにつぎ込むような人間でした。ずっとレイブをオーガナイズしたり、パーティをやったりしていたんです。コアなストリートの人たちってビジネスが苦手な人が多いけれど、過ごしている日常はめちゃくちゃ魅力的なんです。だからこそ、そのエッセンスをラグジュアリーホテルに取り入れることで、他にはないホテルにできると思ったんです。

龍崎:その結果、多くのアワードも受賞されています。「オートグランドール・グローバルホテルアワード」では7部門も受賞をしています。

吉成:「オートグランドール・グローバルホテルアワード」では”Best General Manager in Japan” も受賞することができました。でも、招待エントリーであれば何らかの賞はもらえるらしいんですけどね(笑)、計7つの部門で賞をいただけたのと、そのうち一つでは世界一の称号をいただきました。

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龍崎:ここまで評価されるようになった背景というか、どんなことを頑張ったのかぜひお伺いしたいです。

吉成:いっぱいあるんですよ(笑)。一つ例をあげると、着任当時の課題は現場の離職率が高いことでした。そもそも1年半で支配人が4人も辞めていて、スタッフも3回転くらいしていました。小さなホテルなので従業員も15人くらいしかいないのに。辞める理由を聞いてみると、みんなが共通で感じている不安や不満があった。そこにデザインシンキングを取り入れて、面白おかしく変えていきました。例えば給与が安いという不満はホテル業界によくある離職理由です。ただ、僕は経営者ではないので、彼ら給料に不満があるからといって、給料を上げられるわけじゃない。その代わり、給料を上げやすくする状況は作れるかもしれません。そこで、給料が上がらないなら自分で稼げるスキルを与えるって感じで、社員に昇格に必要なビジネススキルや、投資・起業方法などを時間をかけて詳しく教えてきました。株式投資や資産運用の話なんて普通は支配人が教えたりしないじゃないですか。僕は魚を与えることはできないけれど、魚の釣り方なら少しは教えられると思ったんです。そしたら徐々にカルチャーが変わってきて、彼らの行動とか考え方も面白いくらいに変わりました。そうして、離職もぱたっと止まったんです。

龍崎:なるほど。サービスや食事のクオリティを上げることも大事だけれど、まずはここで働くモチベーションを高めることが大事だと。

吉成:そうですね。もう少し話すと、オペレーションにおいて、数字とホスピタリティの両輪がうまく回るようなストラクチャー(仕組み)を作っています。その精度が上がると、スタッフだけで完璧に仕事が回せるようになるんです。そうして、僕の現場仕事がどんどんなくなった(笑)。それで生まれた時間を使い、僕はさらなるビジネスインプットを増やして、それをまた彼らに教える。そんな循環が生まれるようになりました。

龍崎:その仕組みとは?

吉成:話すとすごく長くなるのですが、一つ例をあげると、”支配人の完全独裁ルール”と”メンバーの超自由ルール”の共存です(笑)。”支配人の独裁”と聞くと、それだけで離職率が上がりそうですが、特徴はトップダウン方式で絶対的にやってほしいことと、完全に自由にやってもらう枠を完璧に分けているということです。自由にやれる範囲はサービスの中にもありますが、他にはこの空間と時間を好きに使っていいから、やりたいことやってみろと。お茶会でも文化祭でもDJイベントでもいいから、得意分野で楽しめる場所を与えることが大事なんだと思います。また、この取り組みによって、スタッフを通じた多様なコミュニティがホテルに集まってきました。


学びを深め、これからに向けて支配人のレシピを生み出す

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龍崎:今は新型コロナの影響が日に日に増しています。少しこれからのことについてもお話を聞きたいなと思っています。

吉成:最近は頻繁に社内研修をしているのですが、まさに一番の議題が「ポストコロナ時代のホテルマン生存戦略」です。ウイルスによって外出できなくなった時、僕たちはどうやって生きていけるのか。オフラインが禁じられたSFみたいな現実について、ちょうど話しているところなんです。最近の気付きは、これは震災の時に似ているぞということ。震災というより原発事故ですね。僕は福島県の出身で、震災時には福島県にいたんです。あの時にも見えない敵がいたわけで、経験のない事象に対して、全員で乗り越えなければいけないという危機感を感じていました。今は多様性に満ちた世界がなんとなく分断の方向に進んでいる気がしてなりません。その分断は原発事故の際にも起きました。福島では逃げるべきか否か、という論争でいきなり地域社会が二分されたんです。今回で言えば、「この波は一過性だから今をしのげばいい」という考えと「時代が変化するから、行動そのものを変えなければいけない」という意見です。僕は時代が変わったと感じていて、だからこそ、龍崎さんのように新しい取り組みを次々と始めている方を見ると、すごくいいなと感じているんです。

龍崎:そう言っていただけて光栄です。もう少し具体的にコロナに対する見方を伺えますか?

吉成:今日のようにオンラインで人とはじめて会うということが今世界中で起こっているわけですが、こうした日常の変化がたくさん起こると思います。たとえば、コロナ収束後の居酒屋の敵はオンライン通信になるかもしれないわけです。おうちだから帰る必要もないし、コミュニケーションがとれるし。こうした業界を超えた変容が起こると思っています。

龍崎:たしかに居酒屋は本来の価値が友達と会って話すことにあると考えると、おっしゃる通りの代替が起こるかもしれません。ホテルにおいても、オンライン会議が一般化すれば、出張利用のホテルにとっては厳しいかもしれませんね。一方で、御社のようにその場所に大きな価値があるような場合はどうなると思いますか?

吉成:宿泊業って歴史が長くて、世界最古の業態の一つと言われています。その歴史の中で、ペストやスペイン風邪のような疫病は何度もありました。それでも宿屋は残っています。だから、必要としている人がいる限りホテルは残り続けるんだと思います。ただ、日常の小さな変化がかけ合わさって生まれる未来がどうなるかはまだわかりません。お客様から「絶対になくならないでほしい」という声をいただきますが、それに応えられるように、僕たちもいろんなビジネスモデルを考えたり、自分たちを変化させていかなければ、生き残れないだろうとは思っています。

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龍崎:なにかすでに取り組んでいることはありますか?

吉成:今やっているのは、徹底して学びを深めることです。僕昔は不良だったので(笑)、勉強してこなかったんですけど、この歳になって勉強が好きになって。昨年くらいからビジネスをちゃんと学び始めたんです。今僕がするべきことは従業員を守ることで、そのためにできるのは僕の脳内のスキルとノウハウを彼らに全てアウトプットすることです。さっきも言ったように、経営者ではないので、直接給与を上げることはできませんが、生き残っていくための知恵とフレームワークを与えることはできるかもしれません。マーケティングやブランディングなど、積極的に伝えるようにしています。

龍崎:スタッフを集めてセミナーをしているんですか?

吉成:そうです。フリースタイルラッパーのように5時間ぶっ通しで喋りっぱなしみたいなことをやっています(笑)。

龍崎:さすがストリートですね(笑)。吉成さんのナレッジを知りたいという人はホテル業界にたくさんいると思います。ご自身のnoteでもそのノウハウを公開されていますが、なぜ対外的にもこうしたノウハウを出されているのですか?

吉成:実は、近い将来、新しいビジネスの立ち上げに挑戦したいと思っているんです。それは支配人スキルの再定義、つまり”新時代の支配人レシピ作り”です。ホテルの支配人ってすごく特殊で、その出自も宿泊系やコンサル系、レストランなどさまざま。驚くかもしれませんが、オーナーが認めれば全然数字読めなくても支配人になれるし、統率ができなくても支配人になれるんです。しかし、当然、オーナーが見抜けなかった支配人の偏った思想やスキル不足は、それ自体がホテルのリスクになります。つまり、必要な支配人のスキルが業界内で体系化されていないと気づいたんです。僕が支配人になってやったことは「これまでの支配人がやらなかったこと」でした。その一部は新しすぎたり、前例のないものも多かった。つまり、過去に通用したホテル運営のノウハウが、変化が著しい2020年現在では通用しなくなってきているんです。そのため同時性のある現場発のリアルタイムなスキルと運営ノウハウをレシピ化して、世のホテルマンやマネージャーたちにシェアしたい、と思ったわけです。理由は単純で、素晴らしいホテルの現場をもっと増やしたいから。それで、まずは実験的に発信を始めているという感じなんです。

龍崎:なるほど!

吉成:ちなみに、ラグジュアリーホテルを作るノウハウはあるので、龍崎さんがラグジュアリーホテルを作る際にもきっといい提案ができると思いますよ(笑)。

龍崎:なんと、これで安心してラグジュアリーホテルに進出できますね(笑)。今日はこのような形でお話を聞かせていただき、本当にありがとうございました。いつか、必ず訪れたいと思いました!

今はまだ旅に出ることができないなか、「瀬戸内リトリート青凪」も「未来に泊まれる宿泊券」の導入を開始してくれました。対談を読んで泊まりたいと思った方はぜひこちらもご覧ください。


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対談を終えてーー
あそこは立地がいいから、あそこは建築がいいから、だから人気なのは当たり前。そう考えて思考停止してしまうのはいかに楽でしょうか。でも、実情は違います。絶景の望めるラグジュアリーホテルであっても、誰もが知る安藤忠雄建築であっても、提供されている価格がゲストの感じる価値と乖離していてはビジネスは成立しません。吉成さんのことを「型破りだ」「革命児だ」と評することは簡単かもしれないけれど、私は、吉成さんが強い課題感を持ちながら、誰よりも実直にビジネス・マーケティング・組織づくりに向き合ってきたからこそ、今の「瀬戸内リトリート青凪」を築き上げられたのだと思います。最強の支配人のレシピがここにあるのです。

(文:角田貴広、写真:小川遼)


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