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Sui彩の景色 #09 -遭遇-

厳しい冬を乗り越えて、自然の芽吹く匂いがする。
この季節が来る度に僕の心は高揚する。
新しい何かが始まる予感がするからだ。
この春、僕は市内のとある高校の門を叩いた。
思えば小学校、中学校は自分で選択した訳ではなく、その地域に住んでいるからそこに通うというものでしかなかった。
だが、今回ばかりは違う。
目的があってここにきたのだ。
だからこそ、例年の春よりも期待に胸を躍らせていた。

僕が進学した高校はかなり自由な校風だった。
制服はなく私服での生活で、携帯電話の持ち込みも可。
あまりにも派手だと呼び出される事もあったが、基本的には髪色も自由だった。
それでいて、所謂ヤンキー校ではなく偏差値もそこそこ、本当に「自由」という言葉がピッタリの学校だった。
今振り返ってもこの高校は自分にピッタリの環境だったと思う。
中学校生活最後の半年、人が変わったように受験勉強をした甲斐があったというものだ。
 
入学早々に新入生の為の部活動紹介の催しが体育館で行われた。
各部の部員が新入生の前で自分達の活動内容を自分たちなりのやり方でPRする。
例えば運動部だとシンプルにミニゲーム形式で試合を見せてくれる部もあれば、笑いに走ってふざけたパフォーマンスを披露する部もあって、特に何かの強豪校という訳ではなかったので、和気藹々とした雰囲気がどの部からも伝わってきた。
 
いくつかの部の紹介パフォーマンスを経て、いよいよ僕のお目当ての部活動のPRが始まろうとしていた。
別の部がパフォーマンスをしている傍ら、機材をセッティングし始めたのでそろそろだろうなとは思っていた。
ただ、自分が中学の文化祭で披露した時のセッティングとは明らかに違っていて、ベーシストやギタリストの足元には、ラックが置いてあってその中には謎の機械がぎっしりと敷き詰められていた。
そして、ドラム以外の各パートの立ち位置の後ろにそれぞれ大きなアンプが置いてあった。
 

編成はギター、ベース、ドラム。
そして、ギターボーカルの4人編成。
サウンドチェックが始まると、新入生の何人かが「有名なバンドらしいよ。」
「〇〇先輩がファンだって言ってた。」
と話している声が聴こえてきた。
 
僕がこの高校に進学する事を決めた理由の一つが、軽音部に県内で有名な高校生バンドが所属しているという噂だった。
恐らくこのバンドがその噂のバンドなのだろうと直ぐに分かった。
会場の雰囲気は明らかにさっきまでとは変わり始めていた。
明らかに部活動紹介とは関係ない上級生の生徒達、とりわけ女子生徒が多かったように思うが、野次馬が体育館の端の方に集まってきたり、入り口の方から覗き込んだりしていた。
 
 
一体どんな演奏をするのだろう。
上手い。凄い。と言っても、年齢的にたった1〜2年の差しかないのだ。
どれ程のパフォーマンスが出来るというのだろうか。
僕は半信半疑のなんとも言えない感情で様子を見ていた。
 
サウンドチェックもそこそこに、真ん中に立っている恐らくギターボーカルの生徒がマイクに向かって声を出し始めた。
 
「あーあー。新入生の皆さん。どうも、こんにちは。今から軽音楽部の部活動紹介を始めます。僕達はOOOOボーイズです。よろしくお願いします!」
 
バンド名を名乗ると、そのままボーカルの生徒が後ろを見てドラムに合図する。
チッチッチッ
バーン。
 
ギター2本とベース、ドラムが一斉に音を掻き鳴らすと音が波になって、体育館中にバンドの熱量が一瞬で広がっていく。
いや、体育館の壁も突き抜けて、外まで届いていたと思う。
そのまま雪崩れ込むようにイントロが始まる。
 
なんだ、この曲は。
聴いたことがない。
でも、かっこいい。
ジャンルで言うと青春パンクだろうか。
聴いたことはないのにどこかで聴いた事があるような。
自分が感じた事のある感情を歌っている。
決して歌唱力のある歌ではなかった。
でも、凄く良い。
等身大の言葉と歌と演奏だった。
だが、それ以上に驚く事があった。
 
演奏し終わると。
「今の曲はオリジナル曲の〇〇〇〇でした。」
とボーカルが言った。
 
オリジナル曲?
これを自分達で作ったのか?
僕はその事実に唖然とした。
 
いつかはそういう日が来るのかなと漠然と考えていたが、
頭のどこかで曲を作るというのはプロの世界の話だと思っていた。
しかし、今目の前でそれをやってのける同世代の人間が現れてしまった。
 
つまり、もし自分が高校生バンドの頂点を取りたいのであれば、少なくとも曲を書けなくては話にならない。
この瞬間にそう気付かされたのだった。
 
先輩達はもう一曲オリジナル曲を披露して、軽音楽部の紹介を終えた。
初心者も誰でも大歓迎だと言っていた。
各部活動のPR活動も終了し、僕は呆然としていた。
 
曲って…
どうやって作るんだ…?
別の高校に進学した大野に聞いてみよう。
兎にも角にも新しい学校生活はこうして始まった。
まずは、軽音楽部に入部届を出す。
そして、バンドを組む。
話はそれからだ。
 
 
P.S
そんな思春期から時は過ぎ2022年。
 
暑いですね。夏。
皆さんお元気ですか?
溶けてないですか?
そうですか。僕も元気です。
 
夏といえば先月「アオイナツ」というニューシングルをデジタルリリースさせて頂きました。
皆さん聴いてくれていますか?
夏の名曲は多いです。
夏といえば何の曲を思い浮かべますか?と聞かれたらパッと10曲以上は思いつきます。
それくらい夏の曲は多いのです。
 
しかし、僕らの夏の曲
「アオイナツ」も負けず劣らずのグッドサマーソングになったんじゃないかと思います。
夏って必ずしも楽しかったり、ワクワクする事ばかりじゃないですよね?
子供の頃はそうだったかもしれないけど。
その頃を思い出して切なくなったりとか…
まぁ、人それぞれ色んな夏があって良いと思うんです。
夏の陽気さや明るさの側面ではなく、夏に感じるノスタルジアや物悲しさの側面に焦点を当て、
「この季節が来るたびにもう会えない誰かに思いを馳せてしまう」
そんな物語の楽曲になっています。
疾走感溢れるサウンドと切ない詞とメロディのギャップがSUIRENらしい夏の曲になったんじゃないかなと思いますので、皆さんこの夏のお供に是非とも「アオイナツ」よろしくお願いいたします!
 

(2022.07.15)


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