machia.6【MATIere-5】

「体だけの関係ならとっくの昔に終わっていたでしょ?」
「それだけじゃないから何年も続いてるんだよね?」
適当になだめて、そのあと行為に及んだが、マチの瞳は潤んだままで、絶対何か言いたいことがあるはずなのに、ぐっと飲みこんでいるのが見て取れた。

行為の後、マチは必ずお茶を淹れてくれる。
毎回種類が違って、花粉の時期はルイボスティーだとか、冷えるときは生姜の入ってる紅茶だとか、夏はミントのアイスティーだとか。
いつもと違いキッチンに寄らずそのままシャワーを浴びようとするマチに
「あれ?お茶は?」と聞いたら
「ご自分でどうぞ」と今まで聞いたことないような冷たい声が返ってきた。
確かにお茶くらい自分で淹れられる、けれど、俺はマチが淹れてくれる『気遣い』が好きなのだ。

シャワーを浴びて着替えたマチは俺に鍵を渡した。
「返すね。」
「え?ずっと持ってていいのに。」
「いつ来れるか分からないのに家族でも恋人でもない家の鍵を持っておくのはどうかと思うから。」
振り返りもせずにマチは帰っていった。
これが最後に見たマチの記憶。

それからはメッセージのやりとり中心になっていったが、返事があったりなかったり、誘っても「年内は無理」とか9月なのに言われたりして、単に忙しいのかと思っていた。
フォローしていないマチのSNSを盗み見ると、忙しいは忙しいけれど、会えないほどでもなさそうで、それでもまだ「マチだって一人の時間が必要だから」「一人の時間をあげる俺って優しい、気を遣えるいい男」などと思いあがっていた。

マチと会うことなく、メッセージのやり取りも少しずつ減っていってそのまま年明けを迎え、またしてもマチと『人の話聞いてない』論争が起きた。
この論争が起きるとセットで起きるのが『私のこと何だと思っているの』論争。
正直面倒臭いし、やっぱり俺にとってマチは都合のいいときに遊べるおもちゃでしかない。
でもここまで面倒臭くなるなら、もうマチを切って他の子に乗り換えたほうがいいな、と思い至った。
マチに囚われていたけれど、よく考えると他にも女はいるし、マチよりいい体でセックスの相性が良くて、顔もいい子はいくらでもいる。

「俺はずっとマチと会話できてると思ってたけど、そうじゃなかったんだね。これ以上不快な思いをさせたくないからもうやめるね。さよなら。」
「もう連絡先も全部消すし、メッセージのやり取りも消すから安心して。」
人の話を聞いていない論争で頭に血が上っているマチに罪悪感が芽生えるようなメッセージを返した。
「そう。お疲れさまでした。」
「最後に聞きたいんだけど、お前は言葉が通じない相手と会話してて楽しいと思えるの?」
まさか縋りつくこともせず、あまつさえ『お前』なんて言葉で返ってくるとは思わず、面食らってしまったが
「俺は通じてると思ってたけどマチはそうじゃないんでしょ?俺は楽しんでもらいたいって思ってたけど。」
と返し、次の文を打っている間に返信が来た。
「お前のお気持ち表明とかどうでもいいから楽しいか楽しくないかだけ答えろって言ってんの。マジ言葉通じないな。」
「宇宙人とドッジボールしてるみたいだわ。」
未だかつてマチがこんなに怒ったことはなかった。
「肌のシミ増えたよね。」と笑った時も、腹の肉を掴んで「やべぇ!」って笑った時も、「背中の産毛剃らないの?」「他は剃ってるのに?」と笑った時も、マチはその場は怒らずやり過ごしていた。
振った直後にキスしようとしたときすらここまで怒るようなことはなかった。
でもそれは空気を読んだマチの優しさなのだと今気が付いた。
「楽しくないよね。ごめんね。」
俺はあくまで自分が気を遣って引いたスタンスを崩さなかった。
「最後に『会話できない奴との会話は楽しくない』って共通認識持ててよかったわ。お疲れさまでした。」
と返ってきた。

こんな終わりになるなんて想像すらしていなかったが、マチとはこれで終わった。

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